3. 巫女



「お前との旅は、次の街で最後だな」

 5日間の船旅を終え、レイドックに着いて次の日の朝。
偶然にも時間の合った二人が食事屋で一緒に朝食をとっている時だった。
思いがけないテリーの言葉。ユナの朝食を食べる手が止まった。

「は?急にどうしたんだよ、?一緒に行っても良いってこないだ言ったばっかじゃないか」

「最強の剣を探して修行してるって言っただろ?お前なんかとだらだら旅してる余裕はオレにはない。それに、旅をするのは少しだけだという事も言ったはずだ」

 そうは言っても短すぎじゃないのか?
決意の隠るテリーの言葉にユナは返せなかった。もしかしたら、ホントに迷惑なのかも知れない。それともこないだの事を怒ってるのか?ユナはレイドックに着いて早々、彼と衝突してしまった事を思い出していた。




「そういえばさ、酒場で噂になってた事って本当なのかな。レイドック王と王妃が復活した魔王から呪いを掛けられてるって…王子が二人を助けるために魔王討伐に出かけたまま帰らねえって」

 レイドック城下町で、なんとなしにユナがそのような事を口にした

「さぁな」

 武器屋の看板を探しながら、テリーはそれだけを返した。

「王子は成人の儀を終えたばかりだったって話だぜ?その話が本当ならこの国はどうなるんだろ…王子…無事だと良いけどな」

「自分の力もわきまえずに戦いを挑んだんだ。どうなろうと自業自得だろう。同情する気も起きない」

 先ほどの酒場で目ぼしい情報が得られなかったせいか、イライラしている様子で吐き捨てた。

「お前さ、そういう言い方はねーだろ。かなわないって分かってる相手にだって向かっていかなきゃならない時だってあるんじゃないか?王子は大切な人を助けようとしてたんだし」

「……そんなものは弱い奴の言い訳に過ぎない」

 ユナの言葉を切り捨て、いつもより冷たい瞳で言った。

「所詮この世は力が全てなんだ。弱い奴は強い奴には逆らえない。…それが現実だ」




 ユナはそこまで思い出して、朝食を終えたばかりのテリーを見た。
相手はこちらを見ようともせず、窓の外の街並みをじっと眺めていた。



 レイドックから西に出発して3日と半日。
太陽が傾きかけている頃、街道沿いにある町に着いた。

レイドックとは比べ物にならないほど小さな町で”ラー”と言う神を崇めて生活している町らしい。
あの有名な”ゲント”とは異なる神だと言う話だった。
なるほど、建物は質素な物が多く武具屋さえも見当たらない。宿や道具屋がなんとか見つけられるくらいだ。
中央には大きな神殿があり、周りが質素なせいかやけに豪華に見える。旅人を迎え入れるように町の入口から神殿に向かって石造りのアプローチが敷き詰められていた。

「巫女だ…」

「え、何だ?」

 アプローチを歩きながらテリーは独り言のように呟いた。

「サンマリーノでもそうだが、レイドックでも同じような話を聞いた。この町の神殿には強い力を持った巫女がいるらしい。そいつにかかればどんな病気もたちどころに治り、どんな捜し物でも見つかると言う話だ。もしかしたら最強の剣の在処も…」

 思わずユナはムっとする。

「…最強の剣、最強の剣って本当にそればっかりだな。んなもん探してどうするんだよ?」

「お前には関係ないだろ」

「関係あるよ!」

 自分で言った言葉にハッとする。ユナは顔を振って

「わ、わりぃ、ケンカ腰になっちゃって…。とにかくさ、もう…ここで別れるかもしれないんだろ?最後なんだからちょっとは仲良くしようぜ?」

 しかしテリーは何も言わず顔を背けている。
自分の捜し求めている剣を侮辱されたのが癇に障ったらしい。
険悪なオーラを出すテリーにこれ以上何を言えるでもなく2人はそのまま無言で歩いた。




「本日の巫女様への参拝は終わりじゃ。また明日、来られるが良い」

 神殿は町の面積半分以上を閉めそうな程大きな石造りの建物だった。
壁の色は白で統一され、支える柱は今まで見ていた門と同じ細かい彫刻がされている。
石造りの道は神殿の扉の目の前まで続いていて、もしかしたらそのまま中まで続いているのかもしれない。普段は開いているはずであろう扉は固く閉ざされていた。

閉ざされた扉の前に居るのは、見るからに分厚い法衣を纏い、神官のような長い帽子を被った老人一人。なんでも大事な巫女が体調を崩している為、扉を開けられないらしい。
他の旅の参拝者もこの老人に門前払いを食わされたらしく、それはテリーもユナも例外ではなかった。

「まだ朝だぜ?これからこの神殿に来る人たちもたくさんいるのにそりゃないだろ?それに、神殿っていうのは町民や、旅人のお布施で生活していけてるんじゃないのか?」

「…っ!今、愚弄したのは誰じゃ!!」

 人々の視線が言葉を発した人物に集まった。
鉄の鎧を着て、フードを深く被ったその人物――――ユナは仕方なく前に歩み出る。

「旅の禍を払う事も神殿の仕事だと聞くな。巫女じゃなくても巫女に仕える神官に用がある奴も居るはずだ。仕事を放棄して余計な噂をたてられたくないんなら、さっさと門を開ける事だな」

 テリーも前に出て、ユナに加担してくれた。
それにならって門前払いされた旅人や町民も同じように声を上げてくれ、扉の前に押し寄せた。

「無礼な!下がらぬか!これは大僧侶様からのお達しで…!」

 扉に寄りかかって耐えていた老人の体が、突然後ろへ倒れた。

「いたたた…」

 重そうな神殿の門が、音もなくスっと開いたのだ。
老人は後頭部を押さえて立ち上がり、何事かと思い振り返った。
そこに居たのは

「巫女様!」

 神殿内から扉を開け、姿を現したのはテリーやユナと同じ程の齢の少女。
少女は真っ新なシルクのローブを着ていて、水色の長い髪の映える美少女で侍女を数人従えていた。その美少女は強い瞳で老人を見つめると、良く通る声で言った。

「そこの旅人の言う通り、上からの命とはいえ、これ以上巡礼客を締め出すのは職務放棄と同じよ。私が後で掛け合うからさっさと皆様をお通ししなさい」

「しかし…巫女様…」

「ボロンゴ、これは、巫女イミルの命令よ!」

 ボロンゴと呼ばれた老人は、少し考えて深々と頭を下げた。
その後巡礼客にも詫びるように一礼すると、道の端で跪く。巡礼客は次々と開かれた扉を潜り、喧騒は徐々に収まっていった。

「これで神殿に入れるな」

「…そうだな」

 巡礼客に倣って二人も扉を潜った。
神殿内は簡素な造りながらも柱や壁には細やかな文様が描かれていて美しかった。
巫女の謁見場所を聞こうと思った矢先、神殿内を巡回していた衛兵たちが二人を呼び止めた。

「ここは武器携帯は禁止だ。預からせてもらう」

 それだけを言うと当たり前のように手を差し出す。テリーはため息をついて衛兵を一瞥した。

「それは出来ないな。命の次に大事な剣だ」

「そうか、だったら、出て行ってもらうほかないな」

 もう一人の衛兵も二人に詰め寄る。
たまに、こういうしきたりのある神殿があるのだ。テリーの頑固さをここ数日で肌で感じていたユナはさっさと踵を返そうとする と 良く通る澄んだ声が吹き抜けた。

「ああ、その少年は良いわ。謁見を許してあげなさい」

「・・・イミル様!」

 二人の前に現れたのは先ほどボロンゴを黙らせた巫女。
巫女はテリーを見て微笑むと庭園に抜ける道を通り、その奥に消えて行った。衛兵たちは顔を見合わせると何故か溜息をついた。

「仕方ない・・・謁見のお許しだ」

 衛兵は渋々手を引くと、巫女が通った道の両脇に佇んだ。
テリーとユナは何も言わず巫女と同じように歩き出す。

「待て、お前はダメだ」

「えっ」

 呼び止められると思ってなかったユナがおかしな声をあげた。
ユナは、ああ、と気付いて

「はいはい、剣ね、オレのはいいよ。後で返してよ」

 背格好に合わない剣を差し出すが、相手の顔は一向に和やかにならない。

「そんな物騒な恰好をしている者を、神聖な神殿内に立ち入らせるにはいかないな」

「えっ、えええ〜・・・」

 先ほどの門での一件と良い、色々と規約の多い神殿のようだ。深く被ったフードを取って、ユナは危険が無い事を訴える。装備とはかけ離れた若い女に、衛兵は驚いたような表情を見せたがすぐに表情を引き締め、鎧を脱ぐように促した。
ユナが言い返そうか素直に従おうかと迷っていた中

「こいつが物騒なら、剣を帯刀しているオレはどうなんだ?」

 無言を貫いていたテリーが突然割って入ってきた。思いがけないテリーの助け舟に、衛兵どころかユナの方が目を丸くした。

「貴方様は、巫女様の客人ですので…」

「なら……」

 テリーはユナの腕を掴んだ。

「こいつは、オレの仲間だ。こいつも、同じ客人扱いで構わないだろ」

「……っ!」

 声を出そうとしたユナを制してテリーは続けた。

「それが許されないなら、謁見なんてこっちから願い下げだ」

 神殿に入ってからの一悶着で、テリーも嫌気が差しているのだろうか、せっかくの申し出を自分から蹴るように衛兵をにらみつける。衛兵二人は、互いにひそひそと耳打ちした後、深々と頭を下げた。

「失礼いたしました。お二方とも巫女様のお部屋にご案内いたします」




「………さっきの事だが」

「うん?」

 庭園を抜けた先、衛兵に案内され日の当たる廊下を歩いている中、急にテリーが話を切り出してきた。

「…最後くらい仲良くしようって、お前言っただろ?だからオレも最後くらいは仲間でもいいと
思って言っただけだから…変な勘違いはするなよ」

 その言い方にふっとユナは笑ってしまった。

「何がおかしい」

 途端にテリーが眉間に皺を寄せる。

「ごめんごめん、バカにしてるわけじゃなくてさ、その…」

 子供っぽい言い方が可愛くて笑ってしまったなんて言ったら、それこそ大激怒するんだろう。

「その…なんか嬉しくてさ…お前があんな事言うなんて」

 ユナを助けたのはきっとテリーの気まぐれだ。
それでも嬉しかったのは確かで

「ふん」

 顔を背けてテリーは舌打ちした。

会話と共に前の衛兵の脚も止まる。
美しい装飾の施された青色の鮮やかな不思議な扉の前。
ここが巫女が居る謁見の間なのだろうか。
衛兵は扉の前で浅く一礼をし、静かに扉を開いた。

「巫女様、連れてまいりました」

 部屋の中は扉と同じ、青が鮮やかな絨毯。
4枚張りの大きな窓から暖かい光が差し込んでいた。
部屋の四隅には植物や花などの植木が並んで、その真中に石造りの水受けがおかれている。
そこへ天井に張り出した柱から水が流れていた。
そのほかにある物と言えば、奥に天蓋の付いた大きなベッドだけだったが、
それが余計に非現実感を感じさせる、別の世界に迷い込んでしまった錯覚すらあった。

その巫女は天蓋の奥に居るのだろう、薄いシルクが覆っていてこちらからは中の様子は見て取れない。
部屋に居た侍女たちは二人を見て、天蓋越しに巫女にそっと声を掛けた後一礼して
入口扉の両脇へと控えた。

テリーは片膝をついて、少しだけ頭を下げた。

「謁見、感謝する」

 弾かれたようにユナはテリーに目を向けた。
傍若無人な態度が目立つテリーだったが、わきまえる所はキチンとしているのだろう。
ユナも、慌てて同じように倣った。

シルク越しから漂うオーラが和らいだ後、シルクをかき分けようやく巫女が姿を見せてくれた。


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