4. イミル



「長旅、ご苦労様。私、巫女のイミルよ。この神殿には神官、僧侶、大僧侶、色々居るけど巫女は私一人なの。顔を上げていつも通りにしてちょうだい」

 水色の艶のある長い髪をなびかせ悪戯っぽく笑った。
身にまとっているオーラと違ってどことなくあけすけな、幼い少女の表情だった。

「オレは、テリーだ。ある物を探して世界中を旅してる」

 テリーは立ち上がりイミルを見つめた。
テリーがここに来た意味を知って、途端にイミルは はぁ〜〜〜っと長い溜息をついた。

「探し物の場所を見て欲しいのね」

「そういう事だ」

 二つ返事で返す。
イミルは肩をすくめて立ち上がると手を伸ばすと、
触れる距離までテリーに近付いて空色の瞳でテリーのアメジストの瞳を見つめた。

「……やっぱり美形ね〜」

「……はっ??」

 事を見守っていたユナは、素っ頓狂な声をあげてしまった。
イミルはそっとテリーの肩に触れ、そのまま腕をなぞっていく。

「筋肉もすごいついてる〜〜〜!」

「ちょっ ちょっ ちょっ ちょっ …はっ?えっ?」

 テリーの代わりにユナが驚いて二人の間に割って入った。

「あ、あの、巫女様、突然どうしたんですか?テリーが何か…??」

「あら…?連れの方かしら…?」

 イミルはにこにこしながら自分の手をテリーの腕に絡ませた。

「彼って、すっっっっっっごく!かっこよくない!?」

「え??え??」

 まだ巫女様が何を言っているのか理解が追いつかない。

「だって、大体神殿に来る人たちってお年寄りとか不精な冒険者かのどちらかなんだもの!
だから、すごくビックリしちゃって!ふふっ、あなたみたいな素敵な人が来てくれて嬉しいわ」

 気持ちいいくらい、自分に正直な言葉。
ようやく巫女様が何を言っているのか理解した。

これが初めての事ではないのだろうか、扉の前で待機していた侍女たちは顔を覆って溜息をついた。
ユナは驚いてしばらく言葉が出ず、肝心のテリーはというと、最強の剣の手掛かりを持つ
巫女に不躾な事は出来ないのか眉をひそめたままどうすればいいか考え込んでる様子だ。
皆の落胆の間に巫女は立て続けに欲望をぶちまけていく。

「ねぇ、職務が終わったら私とデートしない?あと、2、3日ここに泊まっていけば?」

「……悪いな、オレも忙しいんだ。出来れば早く探し物の場所を見て欲しいんだが」

「えぇ〜〜〜!いいでしょ!せめて一晩くらい泊まっていってよ!」

「……」

 そわそわしながらユナはテリーの言葉を待った。しばらく沈黙が続いて

「わかった…一晩くらいなら…」

 良いのかよ!?!?しかもそのデートの件は否定しなくても大丈夫なのかよ!?

「やったぁ!嬉しい!!じゃあ仕事終わった後、街をちょっと歩きましょ?」

 イミルは満面の笑顔で白い歯を見せた。
ほら、デートする流れになってるじゃんか…。ユナは心の中で、なじる。

その時、こんこんと扉がノックされた。恐らく次の謁見者だろう。
イミルは、また夜にここへ来るように伝えた後、天蓋の中へ引っ込んでいった。
部屋の侍女たちは、かなり丁寧に謝って二人に頭を下げてくれ、食事代に・・・と
ささやかながらゴールドまで持たせてくれた。
そして何が何やら分からない内に最初の謁見は終わった。

「…最強の剣の為ならデートもするのかよ?」

 初めに皮肉が口をついて出てしまう、予想通り相手は不機嫌そうに答えた。

「お前には関係ない」

 踵を返すテリー。早歩きでその場を後にしようとするテリーをユナは小走りで
追いかけ、呼び止めた。

「ごめん!」

「……」

 テリーの足が止まる。

「最後だから仲良くしようぜって言ったのに、皮肉なんか言って…」

「……」

 その言葉を聞いて、少しだけテリーはユナの方を向いた。

ユナは言葉を探して俯いた。
イミルのように自分の気持ちに正直で居る事ってすごく難しいのかもしれない。
自分の今の気持ちはどうなんだろう。どうしたいんだろう。
この街について、胸の中のモヤが色濃くなって、言葉を濁らせる。

「あの…だから…」

「……メシでも食いにいくか?」

「……!」

「まぁ…最後だしな」

 テリーは鞄からゴールドを取り出した。先ほど侍女から無理やり渡された物だ。
ユナも握りしめていた手を差し出した。何故かユナの方がゴールドは少なかったが
それでも十分にお腹を満たせる金額だ。

「このゴールド使ったら、お前も”関係ない”じゃ、すまない事はわかってるな?」

「――――っ!うっ、うん!もちろん!」

 溜息をついてテリーは歩きだし、ユナも後に続いた。
普段は素っ気なくて冷たいのに、たまに、少しだけ垣間見える不器用な優しさ。

「……ずっるいなぁ……」

 その後ろ姿に、独り言のように投げかけた。





 神殿のある街という事もあり、夜になると住民は皆家に引っ込んでしまっていた。
そんな街にも酒場はあったが、控えめな声と明かりが漏れているだけだった。

指定された時間に神殿に入れてもらい二人は再び謁見の間に赴くとイミルがベッドに体を投げ出していた。
天蓋は既に外されて、昼間の神聖な空気とは裏腹だった。
見てはいけないものを見てしまったようだ。

「すいません、今日は予想以上に多くの謁見があり、かつ、色々問題がありまして・・・」

 御付の侍女がそれとなく事情を説明してくれ、朝、門を締め出されていた事を思い出した。
そのことでもしかしたら大僧侶という人から大目玉をくったのかもしれない。

「イミル…さん、だいじょうぶか…?」

 さすがに心配になり、ユナが言葉を掛けるとイミルはゆっくりベッドから起き上がり
手近にあった櫛で髪を整えた。そして昼間ほどではなかったが笑顔を見せてくれる。

「……うん、ありがとう。だけど…テリーとデートする時間なくなっちゃったわ。残念…」

 ほっとしてはいけないんだろうが、ユナは正直ほっとしてしまった。
テリーの表情は変わらずだが、恐らく安堵しているんだろうとは思う。

「一緒に食事するだけで我慢するしかないわね、ここに持ってきて貰うから、テリー一緒に食べましょ」

 イミルが侍女に目くばせすると、侍女は一礼して部屋から出て行った。
イミルはテリーと二人きりになりたいだろうか、自分は出て行った方が良いのだろうか
ユナはそんな事を考え、視線を彷徨わせる。
それに気付いたイミルが

「ちょっと!私そんなにいじわるじゃないわ!勿論あなたも一緒に、3人で食べましょ。
冒険の話、色々聞かせてよね!」

「えっ、あっ その うっ…オレも居て良いのか?」

「勿論よ!」

 そういって、笑顔を返してくれる。イミルは思った以上に良い娘らしい。

侍女たちがテーブル、テーブルクロス、イス、花、とセッティングしてくれると
続々と部屋に料理が運ばれてきた。
豪勢な料理を囲んで3人は話に花を咲かせる。

出会ってから寡黙なイメージしかないテリーだったが、聞かれた事に関してはきちんと話してくれた。
今まで探索した洞窟、珍しい魔物や武器、異国の町の風景や人々の生活、
それは神殿からあまり出れないイミルにとっては宝石のように貴重な話で、イミルはますます
テリーの虜になっていたようだった。

そしてそれはユナも例外ではなく、テリーの話は美味しい料理よりも遥かに魅力的に感じて
悔しかったがテリーの凄さを認めざるを得なかった。

食事を終えると、もうだいぶ遅い時間になってしまってイミルは二人に部屋を用意してくれた。
それはイミルの部屋、謁見室のすぐ隣の部屋で客室というよりは侍女が使う部屋のようだったが
ふかふかのベッドや柔らかい絨毯など、安宿より遥かに良い部屋だった。

「悪いな、部屋の世話までしてもらって」

「いいの!話、すっごく楽しかったわ!また、明日ね!」

「ああ」

 食事を終えて以来、イミルの頬が染まりっぱなしなのを、彼は気付いているのだろうか?
イミルは自分の部屋に戻る前にもう一度テリーの方を振り向いて、手を振って名残惜しそうに部屋へ入って行った。

「オレたちも休むか」

「うん…なぁ、テリー…」

「…なんだ?」

「お前ってほんと…もてるんだな?」

「…突然なんだよ?」

「…いや…ただ、純粋に心からそう思っただけ。おやすみ」

「……」

 テリーは怪訝そうに一瞥すると、部屋に引っ込んでいった。

無口で、冷たくて、ツンツンしてて、気遣いの無い言葉を口にして、
でもその一方で明らかにレベルの高い敵と対峙した時には前に出てくれて、呆れながらも効率の良い野宿や簡単な料理を教えてくれて、さすがに博識だったり経験した事を話してくれたりして

「…そりゃあ……もてるよな…」

 ひとり、そう呟くと、ユナも部屋に戻った。




夜。ユナはベッドにもぐりこむと気を失うように眠ってしまっていた。
いいにおいのするふかふかのベッド、安眠しない方がおかしかった。

しかしその安眠は突然妨げられた。隣の部屋から聞こえる壁を叩くような衝撃音で。

「…………?」

 隣は、テリーの部屋。まさか、こんな神殿に魔物が入り込むはずがない。
それに、もし入り込んだとしても、テリーなら問題なく対処出来るはずだ。

「……」

 しかし、妙な胸騒ぎを覚えて、ユナは簡単に服を着こむとテリーの部屋のドアをそっと開けた。
鍵は掛かっていなかった。

「テリー、なんか音がしたけど……!!」

 突然、部屋から飛び出した黒い影がユナの首を思い切り掴んだ。

「――――――!!」

 予想外の出来事に反応出来ず、なすがまま首を絞められる。
それは、真っ黒な両手、体は見えない。

「ぁ…ぅ…っ!」

 何が…起こって…
必死でユナは思考を働かせた。

……テリーは……?
部屋の中を見渡すが、黒い影でいっぱいでその姿をとらえる事が出来ない。

こんな所で…ダメだ…息が……

「ニフラム!!」

 甲高い声が耳から突き抜けると白い光が視界を覆った。
その光を浴びた瞬間、黒い影はかき消されてユナは床に倒れこんだ。

「ゲホッ…ゲホッ!」

 慌てて息を吸い込んだ。体が熱くて、震えている。
もう少し遅かったら、危なかった…。

「大丈夫!?」

 呪文でユナを救ってくれたのはイミルだった。何があったのかすぐにでも聞きたかったが声にならない。
それを感じてイミルの方から話してくれた。

「……やっぱり彼、憑りつかれてるわ、悪魔に……」

「…!?」

 ベッドで眠っているテリー。
こんな喧騒の中、眠るような気質ではないのだが今は、死んでいるかのようにピクリとも動かない。

「部屋に、結界をはったの。テリーが起きないのはその影響よ」

 ユナの疑問に一足先に応えてくれる。

「多分ね、結構前から憑かれてたんだと思う。ゆっくりと心を侵食するタイプの悪魔にね、そういうオーラが何となく出てたの。でも、まさかこんな強力な悪魔だったなんて…」

「悪魔に…憑りつかれてる…?」

 せき込みながらも少しずつ言葉は声になっていった。
イミルは頷いて、妖艶な光を放つ鏡を取り出した。

「…ラーの鏡」

「………!」

 それはユナでも知っている神器。真実の姿を映すと言われる鏡。

「ほんもの…か…?」

 イミルはそっと頷いた。
悪魔に取りつかれていると知って一人で来たイミル、そして神器と言われるラーの鏡。
鈍いユナであったが、イミルの行動の意味を分かってしまった。

「これは、私の責任。この神殿に祭られてる宝を持ち出して、立ち寄っただけの旅人に使うなんて事は許されないわ」

「…そこまでわかってて、なんでこんな事するんだよ?」

「そんなの、聞くまでもないじゃない。このままだとテリーは、心を食われて壊れちゃう。そんなテリーを見たくないの」

「………」

 ユナは色んな意味を込めた溜息をついた。立場は違っていても気持ちは同じだ。

「…オレはどうすればいい?」

 イミルはその問いには答えず、ラーの鏡に聖水を振りかけると、神秘的な青の光が鏡から解き放たれた。イミルは持参した鳥の彫刻が施されている長い杖を左手に持って、右手をユナに差し出した。

「これから、ラーの鏡を介してテリーの心の中に入る。心の中に潜む悪魔を退治しに行く為にね。大僧侶様の許可なくラーの鏡を使用するのも、他人の心の中に入るのも罪に問われる。
私と一緒に罪を背負う覚悟がある?覚悟があるなら私の右手をとって」

 考える間でもなくユナはイミルの右手を掴んだ。
そのことに言ったイミル自身も驚く。
罪と言う言葉を聞くと、人は誰しも躊躇する物なのだ。

「……あなた…」

「…聞くまでもないだろ、巫女様。あんた一人に罪を背負わせるわけにはいかない。それにオレはテリーに何度命を助けられたか分からない。今度は、オレがこいつを助ける番なんだ」

 心の中を覗き見るのは酷く罪悪感があったが、今はそんな事言っていられない。
それはきっと、イミルも同じ気持ちだ。
まっすぐな瞳に、イミルはもう一度笑った。先ほどの強がりの笑みとは違う。

「さすが、テリーと旅してるだけあるわね。私、貴方の事好きよ!あと、私の事は巫女様じゃなくてイミルって呼んでよね!ユナ!」」

 二人は固く手を繋ぎ合い、ラーの鏡から解き放たれた光に溶け込んでいった。



すすむ
もどる

トップ