9. 豊穣祭



 ユナは何も考えられずに、トルッカを彷徨った。祭りの明かりは自分には辛すぎて、自然と足は街の外へ向かう。
足が勝手にたどり着いた場所は町外れに有る林の中。振り返ると町の明かりが遠くに見えた。テリーの事も、エリザの事も、もう何も考えたくなかった。

「ピキィ…」

 スラリンが心配げに鞄から姿を現す。ユナの肩に飛び乗ると何も言わず、ずっと側に居てくれた。木が開けている場所に腰を下ろすと鞄から何かを取り出す。
それは銀で出来た美しいシルエットを持つ小ぶりの横笛だった。
気分を落ち着かせて唇を当てると、美しい音色が流れてくる。

「…………」

 それは清らかで美しいながらもどこか物悲しい旋律。
ユナの想いを音色に込めて、いつもより悲しく笛は鳴いた。音色は木々に反射しながら辺りに静かに響いた。

「良い…音色じゃ…」

「………っ!」

 不意に音色が途切れ、その代わりに横笛が転がり落ちる音。その音に驚いて、木々で休んでいた鳥たちは一目散に飛び立っていった。

「ああっ!すまんかった!驚かすつもりはなかったんじゃ!」

「もっもりじじい!」

 ユナの目の前に現れたのは、トルッカに来る途中でも襲われた木の魔物だった。
もりじじい。
樹齢の長い樫の木が、闇の魔力を得て動き出した魔物だと聞く。

「そう身構えなさんな。あんたを襲ったりはせんよ」

 微笑んだようなもりじじいに嘘はない気がして、ユナは視線を離さず剣を収めた。

「わしももう年だからの。森の奥で静かに暮らしたかったんじゃ…。じゃが、世の中がそうはさせてくれんかった。復活した闇がわしの心を飲み込んでわしはいつのまにか狂暴化して人間を襲うようになってしもうた。わしの弱い心では闇の魔力には逆らえん。じゃが…お前さんの音色が心の闇を払ってくれた。ほんに…いーい音色じゃ…」

 うっとりと呟いた。
ユナはすっかり警戒心が解けてしまって再び音色を奏でた。

「アンタの笛の音は闇の力を払拭する力が有るようじゃ…。まるで心が洗われていくようじゃわい…。わしの仲間にも聴かせてやりたいのう…」

 そのまま、もりじじいは眠ってしまった。

肌身離さず持っている大切な銀の横笛。
いつから持っていたのか、誰に貰った物なのか、それすら覚えていない。そして誰に習ったわけでもない、指が覚えていた旋律。
分からない事だらけだったが、この笛は自分にとって掛け替えのない物なんだとそれだけはハッキリと分かった。

笛を奏でるとユナの心はいつも落ち着いた。
この笛は、ユナにとって心の拠り所そのものだったのだ。

気持ちよさそうに眠るもりじじいに、なぜかユナは救われたような思いがした。




 夜明け前、ユナは恐らく一番に宿を出た。
エリザやテリーと会いたくなかったというのが一番の理由だったが、なにより資金が底を尽きかけている。こんな時でもお金の心配をしなくてはいけない自分が、テリーやエリザと比べたら酷くみじめな物に思えて、早朝の仕事を早めに切り上げユナはトルッカの町を歩いた。

生誕祭二日目。
町はその話題で持ちきりだったが、それとは別に良く知った話が人々の間にのぼっていた。

ひとつは ルドマの一人娘エリザを救った英雄の話だ。
髪は美しい銀髪で、一度見たら忘れられないような美形、類まれなる剣の腕。
一目見たいと町娘たちは騒ぎ立て、幾分歳の重ねた女性たちも夢中でその話をしている。
それともうひとつ、
その剣士とエリザが近い内に婚約するかもしれないと言う話。

「――――っ」

 店先で果物を取った手が、止まる。

祭りの三日目に男女がそれぞれ色とりどりの衣装を着てトルッカのシンボルの前で踊る豊穣祭があるらしい。
それは別名、トルッカの求婚祭とも呼ばれていた。

豊穣祭で踊る男女は婚前だと決められていて、将来を約束している男女、または求婚の返事の代わりに、または親同士の決めた見合いとして無理やり参加させられる事もあるらしい。
その豊穣祭にエリザが出るらしいのだ。
そのお相手が噂の剣士なんじゃないかという憶測が人々の間で飛び交っていた。

ユナは話を聞き終えるとひとつフルーツを買って、公園のベンチに座った。

「豊穣祭か…」

 リンゴを皮ごと丸かじりして呟く。

「オレには、も、関係ないか…」

 忘れたくても忘れられない、昨日の事が頭に蘇っていく。
リンゴは、思った以上に甘酸っぱく感じた。




 宿の中庭から、剣が空気を切り裂く音が聞こえてくる。
体はまだ完璧には動かなかったが、軋む体を奮い立たせテリーは剣を振るった。
宿に通う事が毎日の日課になっているエリザと朝食を共に摂って談笑するとテリーは街へと繰り出した。生誕祭で異国からの客も多く居ると聞く。最強の剣の情報を集める為だ。
あらかた街を見回り日が傾いた頃、酒場へと足を運ぶ。
初めてここへ来た時は全く情報を聞けなかった、その理由を思い出してしまいテリーは忌々しく首を振った。

酒場のドアを開ける。
そこには以前と同じように涼しい風がふいていて、以前と同じ人物と目があった。
思わず顔が引きつる。それは向こうも同じだったが。テリーは無視を決め込んで端のテーブルに座ると、向こうから近付いてきた。

「よぉ、怪我、治ったのか?」

 男は少し考えて、テリーと同じテーブルの椅子に腰かけた。

「………」

「何でお前が知ってるんだって顔だな。だってオレだもん、怪我したあんたを宿まで運んだの」

「………」

 その言い様に怪訝な視線を送ったが。怪我の事を知ってる事といい、嘘はついていないんだろう。

「そうだったんだな、悪いな助かった」

 一応の感謝を述べる。あんな事があった手前、素直に感謝するのは難しかった。
男、ヒックスは感情のこもっていない言葉を別段気にするでもなく、再びテリーに尋ねた。

「そうそう、あんたに聞きたい事があったんだ。あんた、明日の豊穣祭でエリザと踊るのか?」

 豊穣祭…。そういえば今朝、エリザにそのような事を言われた気がする。
良かったら、一緒に踊って欲しい と。

「さあ、どうかな」

 はぐらかすようにそう答えた。
踊る事は勿論だが、人前で踊る事はもっと苦手だった。見世物にされてるようで気分が悪い。ただ、世話になったエリザの申し出を無下に断る事も出来ずテリーは返事をまだ決めかねていた。

「豊穣祭に出るって事は、結婚の約束をする事と同義なんだぜ?」

「…ああ……」

 それも、今朝、言葉を濁らせるようにエリザから聞いた。

「だが、オレはこの街の人間じゃない。それでもそれは、同義になるのか?」

「あんたはそう思ってなくても、エリザがそう思うって事だ。あんたはそれを裏切れるのか?」

「………」

「それに、それを見たユナはどう思う?」

「…なんでそこでユナが出てくるんだよ?」

「とぼけんなよ!あいつは…っ!」

 慌てて言葉を飲み込んだ。と、そこでテリーは気付いたように

「お前もしかして…昨日、ユナと一緒にいた男か?」

「………!」

 見られていたのか、と狼狽するヒックスを探るように見つめる。

「もしかしてお前…あいつに惚れてるのか?」

「――――っ!」

 まさに図星だったのだろう、ヒックスは更に狼狽して、グラスの水を一気に飲んだ。
まさか自分の言葉が図星だったとは思いもよらず、鋭い目を少しだけ丸くした。

「…物好きな奴も居たもんだな?」

 グラスに残った氷がからんと音を立てる。
お互い嫌悪を持った視線が交差した。

「…ほんと、変わった女だよな。女に見られたくなくてフード被って男っぽく振る舞って。中身は年相応の女の子の癖に」

 ヒックスは誰に向けてという分けでもなく切り出した。

「変な所に一生懸命で、何やっても楽しそうで、ちょっとバカで、おかしな事ばっかやって、かと思ったら一転真面目な顔して真面目な事言って。ひねくれてるけど実は一途で。そんな女、そこらじゅう見渡しても居ないからな」

「………」

「だから惹かれた」

 今度はまっすぐにテリーを見つめて。

「オレはユナが好きだ」

「…告白する相手を間違えてるんじゃないのか?」

「良いのかよ、あんたは。オレがユナに告白しても」

「勘違いするな、オレとあいつは何の関係もない。あいつがどうなろうがしった事じゃない。告白でも何でも勝手にすればいいだろ」

「……そうかよ」

 その言葉はヒックスの怒りの感情を刺激するには十分すぎた。

「じゃあそうさせてもらうわ」

 嫌悪の瞳は最後まで緩むことも無く、ヒックスはテリーを一瞥して酒場を出て行った。テリーも、もう情報を聞く気分にはなれず早々に酒場を出た。




 夕暮れの宿屋。
テリーは自分の部屋には戻らず、3階の屋根裏部屋へと足を運んだ。その部屋を、一応ノックする。
人の気配を感じられず、テリーは扉を開けた。鍵は掛かっていなかった。

「相変わらず不用心だな…」

 屋根裏部屋はテリーの部屋の半分ほどの広さしかなく、小窓から光が漏れてくる程度の薄暗い部屋だった。
ベッドがひとつだけ置いてあり他には何もない。
ベッドの上にはユナが携帯しているナイフだけが転がっていた。もうしばらくまともにあいつと喋ってない。

昨日のユナの涙が思い浮かんだ。

ユナが何を考えてるのか全く分からなかった。
思っている事がすぐ顔と口に出て、隠し事なんて出来ないだろうと思っていたのに。

オレが怪我をしているその間、あいつは何をしていたんだろう?
昨日の涙はどういう意味なんだろう?
そこまで考えてテリーは我に返り、バカバカしくなって嘲笑した。

「…何してるんだオレは……」

 どのみちあいつとは、この街で最後にするつもりだった。
あいつが、どこで誰と何をしていようがオレには関係のない事だ。





 お祭り三日目はこれ以上ない程の晴天に恵まれていた。
魔法玉のような物が打ちあがると、空で紙吹雪となって街に降り注ぐ。通りは1日目2日目とは比べ物にならないほど人でごったがえしていた。
そんな人々の波に逆らうようにヒックスはユナを探していた。
昨日からずっとユナを見ていない。まさかもう旅立ったという事は無いと思うがさすがに姿が見えないと心配になる。

豊穣祭の事を彼女は知っているだろうか?さすがにもう耳には入っているかもしれない。
もしかして近くに居るのかも…。
そう思い、豊穣祭の行われるシンボルの元へと急いだ。

街の中央通りにある大きな広場。その中心に街のシンボルは祭られていた。
それは美しい羽のある女性の像だった。
一節では遠い昔に居たと言われる天空人を摸した物であるという事だったが定かではない。シンボルの周りは煉瓦造りで整備されており、水路から滞りなく水が流れている。それを囲んで豊作を願って踊る豊穣祭は生誕祭を締める最後に行われるのだ。
ヒックスはユナを探すが、しかしどこにも気配がない。

「くそ…っどこ行っちまったんだよ……」




 空にある日は落ちて、暗闇が空を覆うがランタンの光や人々の賑やかさ、華やかな音楽も相まって街は一層明るくなった。

その中でも一層目を引くのは、民族風の衣装を身にまとった女たち。
衣装はトルッカ特有の物で、鮮やかなヴェールと背中の大きく開いたブラウスに巻きスカート。
そのどれもが鮮やかな色をしていて細やかな刺繍によって彩られている。
装飾と魔除けも兼ねて縫い付けられた鏡片が、光に当たって更に美しく光った。
男の方は上下真っ黒な服を着ていたが、長いベストを羽織っていて、女の衣装と同じように
鮮やかな色味で刺繍によって彩られていた。

豊穣祭が始まるのだ。
それと共に人々も広場へぞくぞくと集まってきた。
この祭には、豊かな実りをもたらせてくれるという伝承があって、もう何十年も昔に始まった物だった。これを見物した者は、これから先1年は飢えに苦しむ事無く豊かに生きていけるという。

広場を取り囲む観衆から離れるように、少し遠くでヒックスは豊穣祭を見守った。
その時、
観衆から「わっ!」と声が上がった。
その方向に目を向けると

目に飛び込んできたのは他の誰よりも美しい衣装を身にまとった金髪の美女。
そして隣に居るのは
黒い上下服に装飾の施されたベスト、女と間違えそうな程綺麗な顔をした銀髪の男。前髪を後ろに撫で上げていて、切れ長のアメジストの瞳が良く見えた。

一瞬で観衆の興味を攫った二人は、手を繋いで広場へと歩いていく。
呆けてしまったヒックスは我に返ると、観衆を掻き分けて広場へと向かう。ヒックスは鋭い視線を、銀髪の男に向ける事で精いっぱいだった。

「あのやろう…!」

 金髪の女性、エリザは観衆に向かって慎まやかにお辞儀をする。
そしてハープを使った清楚な音楽が流れ出し、豊穣祭は始まった。




 心に染み入る、ハープの不思議な音色。
ヒックスは子供の頃から豊穣祭を見るのが好きだった。
美しい音楽、美しい民族衣装、自分もいつか好きな人が出来たらこの中で一緒に踊る事が出来るんだろうか。
そんな夢を見ながら。

盛大な拍手が、豊穣祭の終わりを告げた。
中央通に観衆が花道を作り、参加者を見送る。
一番の主役であろうエリザとテリーが最初に中央通を歩いていく。
その二人が花道を抜けた所で、待っていたかのようにヒックスはテリーの腕を掴んだ。

「………っ!」

 暗闇で不意を突かれたテリーは避ける事が出来ず、ただ目の前の人物を見る。

「話がある」

 ヒックスはそれだけを言うと、掴んだ手にぐっと固く力を込めた。



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