13. サーカス団



 世界でも有数の貿易都市サンマリーノ。
ここはありとあらゆる武器や防具、道具や装飾品などが揃う交易が盛んな港町だ。品物だけでなく、行き交う人の数も多く、世界の情報の発信源でもある。
テリーは一人旅をするようになってから何度ここを訪ねたのか覚えていない程だった。船旅をすると必ずと行って良い程船はサンマリーノに立ち寄った。
そこで船の補給や点検をしたり、船員を休ませる為だ。

港から少し離れた繁華街に「サン・ジュエル」という看板を掲げた酒場があり、中は昼間だと言うのに客で賑わっている。
マスターの料理が評判で、それを目当てに訪れる客は多かった。

男の給仕が忙しく働いている中、酒場のメインであるはずのバニーガールはカウンターに座っている男にひっきりなしに声を掛けていた。注文された料理を次々に用意しながらシャツに赤い蝶ネクタイを締めた男性が声を掛ける。
この酒場のマスターだ。
シャツの上には調理用のエプロンを着ていてなんとも奇妙な格好だが優しげな顔と相まって、どこか似合って見えた。

「ビビアンちゃん!ちゃんと働いてよ!」

 ビビアンと呼ばれた巻き毛のバニーガールは悪びれる事もなく口を尖らせた。

「マスターからも言ってやってよ!テリーったら、また私との約束破る気なのよ!」

 その言葉にマスターは頭を抱え厨房に戻って行った。

「お前と約束をしたつもりはないんだがな?」

 テリーもマスターと同じように頭を抱える。

「それよりお前、仕事しろよ。一応この酒場のメインのバニーガールなんだろ?」

 酒場には客を呼ぶ為に、バニースーツを着た若い女の、所謂バニーガールが居る事が多い。
ビビアンもその一人だった。
歳の頃はテリーより少し上だろうか、肩まである金髪をくるくると巻いていて、パッチリ開いたアーモンド形の瞳にすっと通った鼻筋、ふっくらとして色づいた唇。
華やかな顔立ちが化粧によって更に映えている。
街を歩けば誰もが振り返るほどの美女だ。
この酒場にも彼女目当ての客は多かった。その客に目の敵にされて、テリーはため息をついた。

「………わかった…約束は守るから、さっさと仕事に戻れ」

「キャーーッ!ほんとに!?やった!絶対よ!?今夜待ってるから!」

 ビビアンは両手を叩いて喜ぶと、うきうきしながらようやく仕事に戻って行く。
厨房から一部始終を見ていたマスターが申し訳なさそうに声を掛けた。

「悪いね、テリー君。ビビアンちゃん、この間君に助けられて以来、君に夢中みたいなんだ」

 この間、というのは半月ほど前。久しぶりにサンマリーノに来たばかりの日に街はずれでビビアンを暴漢から救った時の事だ。

「それよりマスター、今日もめぼしい情報は入ってないか?」

「最強の剣の事かい?ああ、今のところそういった情報や噂は入ってきてないね」

 そうか…とテリーは呟いた。

「テリー君は度々サンマリーノに立ち寄ってくれてるけど、最近やけに頑張ってるじゃないか?何かあったのかい?」

「…別に何も…」

 テリーは視線を外して言葉を濁した。

「まぁ、情報が入ったら真っ先に君に伝えるよ。なにしろうちの常連さんだ。あとビビアンちゃんの事、よろしくね」

 再びマスターは注文をやつける為に厨房へと引っ込んでいった。

テリーは腰に携えていた剣に目をやる。武器屋で買える中では一番の代物だ。
だが、自分が手に入れたいのはこんなものじゃない。
使い手に使われる剣ではなく、剣そのものが使い手に力を貸す。
生きて魔力を持った剣。

テリーは珍しく注文した酒を一気に喉に流し込んだ。




 すっかり夜も更けたがサンマリーノの賑やかさは続いていた。
カジノや劇場のネオンに人々の声。その中にはテリーとビビアンの姿もあった。
ビビアンはテリーの腕を引っ張るとサンマリーノの北街に連れ出した。北街は自然に囲まれていて民家が集まっている、普段はあまり用のある場所ではない。

そんな街外れの広場に似つかわしくない色とりどりの屋根が見えた。
一目でそれは旅芸人の小屋だと言う事が分かった。近くに荷馬車がある事から世界各地を回って人々を楽しませながら旅をしているのだろう。
小屋の周りには大人や子供、年老いた老人の姿まである。皆一様に顔を輝かせ、列を成して小屋に入って行く。それは二人も例外でなくビビアンはお客さんから貰ったというチケットを小屋の受付に渡すと小屋の中へと無理やりテリーを引っ張っていった。

中は思ったより広い。
中央のステージを囲むように100は超えようかと言う程の座席が設置されてあり、後方の客まで見えるように段差なども配慮されていた。二人はステージ中央後方に座る、ステージ全体が見渡せて良い席だ。チケットは席が指定されてあるのか空いていたのはそこだけで、あとは満員の客で埋まっていた。

「…夜だと言うのにすごい人だな…」

「そうなのっ、大人気のサーカス団なの!世界中で有名なんだから!チケットも全然取れなくて、高額の転売屋も出てるくらいなのよ!感謝してよねっ!」

 有名、という割にテリーは全く知らなかった。元々、サーカスなどに興味はない。
隣のビビアンは目を輝かせて始まるのを待っている。女というのはなぜこういう物珍しい物が好きなのだろうか

「………」

 テリーは呼吸を整え、溜息をついた。
と、ランタンの明かりが一斉に消え、ステージが爆発した。客は悲鳴を上げるがすぐにそれが歓声に変わる。爆発の煙は黄色、赤、ピンク、と代わりその中から道化の格好をした背の低い男性が現れ、深々と頭を下げた。

「本日は私どものサーカスをご観覧頂き、誠にありがとうございます!どうぞ、最後までお楽しみください!」

 短い挨拶を告げると、それを皮切りにサーカスが始まった。

テリーは実はサーカスを見るのは初めてだったが、ここまでレベルの高い物だとは思ってなく、つい視線が釘づけた。
長身の男の目にもとまらぬ剣さばき、その剣は舞い散る紙ふぶきをひとつ残らず射抜いた。
次に出てきた年齢不詳の小さな3人組は火を吹いたり氷の息を吐いたりそれがもう一人の体に燃え移り氷の息で消化する、まるで喜劇で観客は手を叩いて喜んだ。
次は空中浮遊をする少女。どのような仕掛けがあるのか、またはそんな呪文が存在するのだろうか自由自在に空を飛んで観客を沸かせた。

確かに素晴らしい物ばかりだったが、テリーは奇妙な気持ちを拭えなかった。出てくる旅芸人の殆どが顔の上半分、額から鼻先に掛けて仮面を装着していたからだ。演出なのか分からなかったが、その仮面からは何か嫌な物を感じる。

次に出てきたのは、またも仮面を装着した少女。
金髪を頭の高い所で小さく結い上げて踊り子のような妖艶でいて快活なダンスを披露する。その踊りに観客の男ならず女までも魅了された。
踊り終えた後、少女は手を上げて歓声に応えると、大きく指笛を鳴らした。その指笛に呼ばれ両サイドの袖から出てきたのは…。
観客から歓声ではなく悲鳴が上がった。
テリーも反射的に立ち上がり剣に手を掛ける。サンマリーノ近辺にも出てくる、モンスターの泥人形とレッサーデーモンだった。

舞台の少女は大げさに手を振って、大丈夫だと言うようなジェスチャーをする。
観客の答えを待たないまま再び今度は別の音楽が流れるとなんと泥人形とレッサーデーモンが音楽に乗って踊りだした。
少女は、また大げさにジェスチャーをしてみせると、魔物と一緒に踊りだす。
レッサーデーモンは手に少女の足を乗せて勢いよく放り投げると、少女は空中に投げ出された。それを泥人形が受け止めてくれるが、泥人形は逆に潰れてしまってそこでようやく笑いが起きた。

1人と魔物2匹のショーは、今までにないほどの割れんばかりの拍手と大歓声で終わった。

「さっすがね〜、魔物までショーに出ちゃうなんて、こんなの初めて見た」

 同意を求めようと隣のテリーに目を向ける。テリーはというと、ビビアンの予想以上に舞台に釘付けになっていた。

「さっきの女の子、ほんとすごかったわね!魔物と一緒に踊っちゃうなんて」

 ついにはテリーは椅子から立ち上がってしまった。

「やだ、そんなに感動したの?」

 普段のテリーから想像出来ない表情にビビアンは笑ってしまったが、テリーは予想外の行動に出た。

「―――――っ!」

 何を思ったかテリーは踵を返し観客の人混みを掻き分けて小屋から出ていく。

「えっ!ちょっ!!どうしたの!テッテリーってば!!」

 ビビアンは遠ざかるテリーと、次のショーが始まるステージを見比べてもうっ!!と大きく息を吐いたが、観客の声に掻き消された。




 小屋を出たテリーは小屋の外まで溢れる観客を押し退け小屋の裏側に回った。
小屋の裏には関係者用なのか小さな入口があり幕が垂れ下がっている。その幕を潜ると、サーカスに似つかわしくない屈強そうな大男が中を守るように立っていた。

「なんだ?にぃちゃん?」

 低く、くぐもった声
背はテリーの倍もあろうかと言う程の大男で、鉄の胸当てから見える肌の所々に傷のような物が見える、護衛か何かだろうかテリーは全く怯む様子は無く、逆に男に詰め寄った。

「あの、魔物を操っていた女、あいつに会わせてくれ―――――!」

「はぁ?」

「――――頼む!」

 男は困ったように顔をしかめた。

「いや、頼むっていっても、オレ関係者じゃねぇからな」

「何を騒いでいるのですか?」

 奥から出てきたのは、先ほど舞台で挨拶をした道化の格好をした男。近くで見ると恰幅の良いその男にテリーは夢中で詰め寄った。

「あんた、このサーカスの責任者だな!頼む、あの、魔物を操っていた女に会わせてくれないか――――?」

「…………」

「会って、どうしても確かめたい事がある!」

 道化の男はその言葉を聞いて声を上げて笑った。そして

「うちの大切な旅芸人を、貴方みたいな怪しい男と会わせるわけがないでしょう?」

 道化の仮面に隠された鋭い冷ややかな瞳。

「さっさとつまみ出しなさい」

 大男は仕方なくテリーに掴みかかるが、テリーは逆に大男を投げ飛ばした。大男は頭から倒れ呆気なく意識を失うが、テリーはそれには目もくれず言葉を続ける。

「……あいつは…もしかしたら昔の連れかもしれない…」

 その言葉に、表情が途端に険しくなっていくのがメイクを通してからも感じた。

「何を根拠に言ってるんです?似ていたからですか?この世には自分と似てる人間なんてゴマンと居ますよ?」

「……ずっと、探していたんだ!!頼む、一度だけ会わせてくれ―――――!」

 必死なテリーに男は肩を竦めると、ズボンのポケットから笛を取り出し大きく吹いた。甲高い耳障りな音が辺りに響き、小屋の周りを警備していたサンマリーノの自警団数人が現れた。

「どうされました?コルネオ様」

 コルネオと呼ばれた男はテリーを指差し

「うちの護衛がやられました!強盗です!捕まえて下さい!」

 自警団は えっ!と驚いて剣を一斉にテリーに向けた。気絶している護衛が居る手前言い逃れは出来ない。
自警団相手に暴れてサンマリーノで動きづらくなるのはテリーにとっても本意ではなかった。

「コルネオ!」

 後ろ手に縄を掛けられながらもテリーは道化の名前を呼んだ。道化はニヤリと口元を緩ませると小屋の奥へと戻って行く。
テリーは連れて行かれる中で、ただただずっと、一つの可能性の事を考えていた。
もし違っていたら落胆するのは自分だ。

でも、もし本当にそうなら―――――

「………!」

 心臓が音を立てて軋む。
アメジストの瞳は遠ざかるサーカス小屋をただじっと見つめていた。





 サンマリーノは城郭都市になっていて、自警団の詰所は石造りの城壁の中に有った。きつく詰問された後、鉄格子のある部屋に通される。テリーはそこで一晩を明かす事になった。正方形の小さな穴が開いただけの窓から月明かりが差し込んできて銀髪を照らす。テリーは抵抗もせずただ じっと座ってサーカス小屋での事を思い出していた

似ていた……。

仮面で顔は見えなかったが、髪色、背丈、動き。魔物と何やら言葉をかわして、息を合わせるように踊っていた事も。
魔物と話が出来る。そんな人物を、テリーは今まで見た事が無かった。
ある一人を除いて――――…。

ずっと探していたんだ!!

あの時、間違いなく自分の口から出た言葉。

死んだものと考えて心の底に沈めた記憶だった。忘れた振りをしてあれから一人、時を過ごした。考え無いようにしていたはずだった。しかし、咄嗟に出てきた言葉は今までのテリーを全て否定した。

オレは心のどこかでずっとあいつの影を追っていたのだろうか。
どこに行くにも、あいつを探していたのだろうか――――。

あいつの影が、姿が思い出されてくる。
その声も、表情もやけにリアルで、テリーは何一つ忘れてなどいなかった。

その時、ランタンを持った1人の兵士が部屋に入ってきた。
それはサンマリーノで数少ない顔見知りの一人。名前は確か…

「ラス…?」

 自警団の青年、ラスは覚えていてくれたのか、と一瞬顔を綻ばせたあと険しい顔に戻った。

「テリーさん、いったいどうしたんですか?まさか貴方があんな所で暴れるなんて…」

 膝をついて小さな声でそっと耳打ちする。サンマリーノに魔物が入り込んだ時に、テリーと共に一緒に戦った人物だった。

「まずいですよ。コルネオのサーカス団はサンマリーノ町長のお気に入りなんです。もしコルネオがこの事を町長の耳に入れでもしたら、貴方はこの街に居られなくなってしまう」

「ああ…」

「ああ…じゃないでしょう!貴方は素晴らしい剣士だ、貴方がこの街に居られなくなる事はこの街にとっても痛手なんですから!」

 ラスは会った時から変わらない説教癖を披露する。テリーは渋々「悪かった」と伝えると逆に耳打ちした。

「コルネオのサーカス団…いったい何者なんだ?」

 ラスは用心深く周りを見回すとよりテリーに近付いた。

「あんまり大きな声じゃ言えないんですけど…まだ証拠も無いのであまり鵜呑みにはしないで下さいね……。コルネオは、人を買っているみたいなんです…」

「…奴隷商人か?」

 口に人差し指を当て、もう一度周囲を見回した。

「才能のある人物をあるルートで買って、厳しい訓練を強いて芸を叩き込んでいるとか…人買いだけでなく、人攫いもしているっていう噂で…」

「人攫いだと…!?」

 ラスは青い顔で頷いた。

「どうしてそこまで分かっていてあいつをのさばらせてるんだ?お前たちは街を守る自警団じゃなかったのか?」

「出来るなら私たちだってそうしたいですよ!」

 思わず大きな声が出てしまい、口を押え咳払いした。

「言ったでしょう?町長のお気に入りだと。証拠が無い限り、私たちにはコルネオを捕らえる事は出来ないんです」

「おい、さっきから何を騒いでる」

 扉を開け、別の兵士が顔を覗かせた。

「いえ、なんでもありません」

 兵士は険しい表情を崩さないまま、二人を観察するように見つめ扉を閉めた。ラスはもう一度、テリーにサーカス団に関わらないよう念を押すと持ってきた食事と水を置いて出てった。
テリーは食事に手を付ける事もなく固い床に仰向けに寝転がった。薄暗い石造りの天井を眺めながら確信めいた予感を感じる。

その予感はテリーの暗い心に、微かだが穏やかな光を灯していた。





 朝、日が大分昇った後に詰所から解放されるとテリーは道具屋で顔が隠れるほどの大きめのフードを買った。随分昔に同じ店でフード付マントを買った事を思い出す。あの時は、まさかここまで振り回される事になるとは到底想像出来なかったが。
何があってもいいようにテリーは宿を引き払うと、鞄と盾を装備して深くフードを被りサーカス小屋を目指した。

昼間のサーカス小屋は夜と違って静まり返っていて、それがまた不気味さを感じさせる。警備している自警団に気付かれないよう小屋の裏手に回り込み、木の陰に隠れて時を待つ。もし誰かが出てきたら締め上げて、サーカス団の事を吐かせる。乱暴なやり方だったが、今のテリーにはそれしか考えられなかった。

日が夕暮れに変わろうとしたその頃、予想外の影がテリーの目に飛び込んできた。
同じように自警団の目を盗んで中の様子を伺おうとしているその影をテリーは良く知っていて

「……スラリン…!」

 隠れている事も忘れて、懐かしいその名を呼ぶ。
名前を呼ばれた小さく青いスライムはテリーを見つけると、全身を震わせ飛びついた。

「ピキィイイイイイッ!!」

 スライムはテリーの胸に飛び込むとあっという間に目を潤ませわんわんと泣きだした。

「お前…本当にスラリンなのか…?」

「ピギイイイイ!!」

 当たり前だろ!と言わんばかりに体を震わせる。
テリーはこれで間違いなく確信した。

「…やっぱり…あいつは…ユナ…なんだな…」

 あの日以来呼ばなかった名前を口にする。
その瞬間、テリーは何かの呪いが解けたかのような感覚に陥り木にもたれてその場に座り込んだ。



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