17. 愁い人



 やはり、船と人、荷物でごった返す早朝のサンマリーノ港。
大型船から追いやられるように、ペスカニ行きの船は出航を待っていた。
船は8人の船員と、商人が2人、そして護衛のテリーとユナを乗せる。
荷物を大量に運ぶため、船員の人数が限られている所謂貨客船だった。

早朝にも関わらずわざわざビビアンが見送りに来てくれた。
雑多な喧噪の中、ビビアンは別れを惜しむようにテリーとの会話を噛みしめた。

「それじゃあ…色々と世話になったな、ビビアン」

「うん…絶対に、死なないでね…?」

「ああ、勿論だ」

 ユナは二人からそっと離れると顔を背けた。
昨日の二人の姿は今でも頭から離れない。

「ユナ」

 だがなぜか、ビビアンはテリーと握手しただけで、今度はユナの目の前に来てくれた。
目の前のビビアンは酒場で働いてる時とは違い、清楚な服装と薄く化粧をしているだけ
だったが、逆にとても綺麗に感じた。

「あんたも…死なないで。まだ、言ってないんでしょ?」

 テリーへの告白の事をビビアンは言っているのだろう。

「言ってない けど。オレは、オレのやり方でテリーの役に立ってみせるから…」

「…言うじゃない」

 腕組みをして、ビビアンは笑った。酒場での勝気なビビアンが一瞬姿を覗かせる。

「あんたのそういうとこは嫌いじゃないわ。恋愛以外でね」

 慌ててユナはテリーに目を向けた。幸いにも向こうはこちらに特に何の興味も示していなかった。

「私、嬉しかったの。あの時あんたが、テリーをなじる男たちに文句言ってくれて。
普通向かっていかないからね、あんな大男たちになんか」

「あっ あれは…!あいつらが悪いんだよ…っ」

 あの時の事を思い出し、怒りが沸々と湧いてきてユナは口を尖らせた。
それを見て、ビビアンは噴出して笑う。そしてふと思い出したように

「私、あいつらに気に入られててね。私がテリーに夢中なのを知ってから、ネチネチああいう事言うように
なったのよ。今度私からも言っておくわ。そんな人たちにはサンジュエルに来てほしくないから」

 腰まで伸びた金の髪が柔らかにふわふわと揺れていたが、瞳には強い光を湛えていた。

「だって私、あの酒場が大好きだから!」

 きっとそれはビビアンの本心なのだろう。
薄化粧にいつもの赤いな口紅が何故か似合っていて、女のユナでもドキリとしてしまった。
もう一度ビビアンはしっかりとユナを見つめ直す。
出会った時と二人の雰囲気は明らかに違っていた。

「じゃあ、また、サンマリーノに来ることがあれば必ずサンジュエルに寄ってよね!」

 明るい声と共に爽やかな朝の空気が吹き抜けた。

「うん!また 行くよ」

 初めてビビアンはユナに笑顔を向けてくれた。




 出航したその日の夜、ユナはサンマリーノで仲良くなったカモメと一緒に甲板に出ていた。
カモメはずっと先まで氷山や暗礁が無い事を教えてくれると、船員は少し訝しがったが
見張りをユナに任せてくれた。

夜の海は吸い込まれそうな程真っ暗で、しかし、ユナはそれが嫌いでは無かった。
記憶を失った自分の心の奥もきっと同じくらい真っ暗で、それが夜の海と似ていたからであろうか。

「船旅は退屈か?」

 背後から聞こえた声に、飛び上がってビックリした。

「テッテリー!」

「悪い、いつもの夜の癖でな」

 いつもの夜の癖、とはおそらく気配を殺して歩く事だろう。
まだドキドキしている心臓を落ち着かせて、首を縦に振った。
そして今度はこちらから同じような質問を繰り返すと、どうでもいいと言うような答えが返ってきた。

テリーはユナの隣に立って同じように海を眺めた。暗い海を見つめるその瞳は、いったい何を思っているのだろう。
そんな事を考えて、つい、気になっていた事が声に出てしまった。

「ビっ、ビビアンとのデート…どうだった?」

「………」

「ま まぁ オレには関係ないけどな!」

 しまった!と思い慌ててそのような予防線を張る。しかしテリーはちゃんと答えてくれた。

「別に、酒場でメシを食べて、ちょっと海沿いを歩いただけだ」

「そ そうなん だ…」

「…何か言いたそうだな?」

「えっ!」

 ユナの胸中を見透かすようにそんな質問を投げかける。
船の汽笛が一度長く鳴って、それからテリーは言葉を続けた。

「…見てたんだろ、酒場の前で」

「…………っ!」

 完全に見透かされていたらしい。
ユナが思い切り動揺したのをキッカケに、近くに居たカモメが一鳴きして飛んだ。
テリーは、肩を竦めて息をついた。

「……キスなんて、別に大した事じゃない」

「………」

 船縁に身を寄せ、テリーはこちらを見ずに海を眺めながら続けた。

「そんな事でいちいち動揺される方が迷惑なんでな」

 ユナはテリーの横顔を見つめて

「そんな事って…!だって、ビビアンはテリーの事が好きで…じゃあ、テリーも?テリーもビビアンの事が好きだから、大した事無いっていうのか?」

「そういうんじゃない」

 テリーはそれをすぐに否定した。

「オレは別にあいつの事、どうこうなんて、思っちゃいない」

 また、今度は短く汽笛が鳴った。
ビビアンの悲しげな顔が思い出されて、自分と重なりユナは胸が軋んだ。

「キスなんて、挨拶みたいなもんさ」

 ユナの胸中を知らず、気怠そうに海を見つめている。
それは本当にいつも通りのテリーだった。

「…でも、キスなんだぜ?口づけなんだぜ?挨拶ってわけにはいかないよ。それは多分ビビアンだって――――」

 アメジストの瞳は海を見る事を止めてユナの瞳を捕らえた。
満天の星の光が銀髪を照らす。
テリーのその指が形の良いユナの輪郭をなぞるように撫で、それから唇に少しだけ触れた。
ユナは驚いて瞬きも出来ないのか目を見開いたまま固まって、それを見て、テリーは笑った。
それはいつものテリーの笑い方とは少し違っていた。

「…オレとお前はきっと、生き方も、何もかもが違うんだろうな」

「………っ」

「見張りをやってるんだろ?手伝ってやるから、お前は先に寝ておけよ。横になった方が、船酔いになりにくいだろうしな」

 さっとユナから離れ、返事も待たずに上甲板に上った。

「テ テリー」

「じゃあな さっさと休め」

 ユナの方は見ずに、視線は暗い海に向けられていた。

「ありがとう…明日はオレがやるから!」

 言葉は帰ってこなかった。
ユナは「おやすみ」とだけ声を掛けると船内に戻って行った。

「………」

 ユナが友達になったというカモメの羽音が響いてくる。
暗い空に浮かぶ白いカモメは何にも捕らわれていないような純粋さで悠々と自由に空を飛んでいた。




 サンマリーノを出港して早20日あまりが過ぎた――――。
嵐に襲われる事も無く、順調な航海だったと言えただろう。(魔物は言わずもがな全てテリーが倒してくれた)
船旅の途中、船を休めたフォーン王国はサンマリーノと引けを取らない程華やかな国だった。補給に立ち寄った港町もその土地ならではの食事や民族で賑わっていてユナはいつもの船旅よりも退屈せずに、驚くほど楽しく過ごせた。
見知らぬ街でテリーと一緒に過ごす時間は楽しかった、最もテリーはどの街も立ち寄った事があるそうでいつも退屈そうだったが。
今日の昼までにはペスカニ漁港に着くだろうという知らせを受け、ユナは船旅の朝を良い気分で迎えられていた。

「なぁ、テリー…」

 日課であった早朝の剣の稽古をテリーと共に終え、ユナはそわそわしながら切り出した。

「どうした?」

「いや…あのさ……オレがエンリケさんに裁縫教えて貰ってるの、知ってるか?」

「ああ、やってるのは見た」

 エンリケ、というのは船員の一人の名だ。恰幅の良い中年の男性なのだが
その身に似合わず料理や裁縫が得意で船の食事や縫物は全てこのエンリケが受け持っていた。

「それでさ、あの、良い色の布が余ってたから…それで…まぁ、本当にそういう機会があったっていうかたまたまなんだけど…」

 ユナは、言い辛い事があるとこうやって遠まわしに話を長くする。
テリーはつい苛々として「はっきり言え」と言葉の最中に急かした。

「う……」

 ユナは、鞄から青い何かを取り出した。それを広げないまま両手で突き付ける。

「帽子、テリーの…」

「帽子?」

「うん、そう、縫物ついでに作ったんだ…良かったらあげる…」

「………」

 テリーは渡された帽子を広げてみた。それは以前渡されためちゃくちゃな物と違って
きちんと帽子の形を成していた。

「まぁまぁ良く出来てるだろ?ずっと前に渡した帽子あんまり酷かったから、なんていうかちょっと…気になって…」

「ああ、前に比べたらマシになったんじゃないか。一応貰っておく」

 テリーは帽子を受け取ると、持っていた鞄に押し込んだ。

「日よけにもなるし、寒い所に行けば防寒具にもなるし、前と違ってちゃんと被れるから良いだろ?気が向いたら使ってよ!」

「…気が向いたらな」

 お決まりのやりとりをして、二人はどちらかともなく別れた。
ユナは上甲板で海風を浴びながらほっとした。

「渡せて良かった…」

 何度も指に針を突き刺してしまった痛々しい記憶を思い出したが、
そう言うと満足げに微笑んだ。





予定通りに船は昼前にはペスカニ漁港に着いた。
護衛の報酬に…と渡されたゴールドを丁重に断り、船員や商人と固く握手を交わして航海の無事を祈った。

降りたペスカニ漁港は噂に聞いている通り、漁の街だ。
港には所せましと見た事も無いような魚が並んでいて、色とりどりの鮮魚の他に、干物やワカメ、貝なども置いてある。
取りあえず情報収集をしようと手近な酒場に入る。
「マウントスノー」という言葉を出した途端、酒場のマスターは強張った表情をした。
そして口の前に人差し指を当てて、周りに聞こえ無いよう耳打ちした。

「やめとけ、その名を口にすると呪われる」




 マウントスノーはペスカニから北西にある山に囲まれた場所の総称らしい。
年中雪に覆われたそこは数十年近付く者も無く、噂通り世界から遮断された場所でもあった。ただ、完全に未開の土地というわけではなく50年ほど前までは人の行き来もあって馬車の通る街道もちゃんと出来ているらしい。
ペスカニからマウントスノー方面に進んだ先に宿場があるが、そこから先は完全に人の行き来は止まっているという。
とにかく二人はそこの宿場を目指すことにした。


 マウントスノーに近付くにつれ刺すような冷たい風が吹き込む。
二人は分厚いマントを買って装備すると、その宿場へ向けて急いだ。
街道を歩いていると、ごぉごぉと風の唸る音が聞こえてくる。
ユナもいつもより明らかに口数が減っていた、それはきっと寒さのせいだけではない。

「……さっきの噂、どう思う?」

 前を歩くテリーに問いかけた。

「マウントスノーは呪われた土地だっていう話か?」

 ユナは怖い顔で頷いた。

「雪山には、雪女が居るんだってさ、山に近付く者を容赦なく凍らせて…」

「ばかばかしい」

 言い終わるか終らない内に、ぴしゃりと言葉を遮った。

「そんなに怖いんだったら別についてこなくてもいいぜ?お前だけペスカニで待っていればいい」

「いっ行くよ!誰も行かないなんて言ってないだろ!」

 恐怖を打ち消すように、大きな声になる。
ちらちらと、白い雪が降ってきていた。




 宿場に着いたのは幸いにも夜になる前。
呪われた山のすぐ近くにあるにしては、思ったより賑わっていて
道具屋、武器屋、防具屋、酒場まである。
ペスカニに行く途中の行商人や、立ち寄った旅人など人で溢れていた。

「今日の宿ですか…困ったなぁ」

 三階建ての石造りの宿屋に入ると、宿の主人は何故かそのような事を口にした。

「ああ、頼む。どこの宿もいっぱいだったんだ」

 はぁ…。と浮かない返事を返して主人はじろじろ二人を見回した。

「あなた方…恋人同士ですか?」

 唐突な質問にユナの胸が飛び跳ねた。

「いやっ…違います!仲間…仲間同士で…!」

 慌てふためいてユナが否定すると、何故か宿の主人は深いため息をついた。

「他の宿もいっぱいだったんですよね?実は、ここも部屋の空きが無くて、お客さんが
自由に使えるのはあと一部屋。それも倉庫を改装した、一人用の小さな部屋しかないんですよ」

 宿帳をぱらぱらめくり、もう一度念入りに確認する。しかし答えは同じだった。

「恋人同士じゃないという事でしたら、男女で同じ小さな部屋に一晩っていうのはまずいでしょ?」

「ああ、そんな事か、おい、どうする?」

 テリーは半ば呆れてユナに声を掛けた。彼にとっては大した問題ではないようだ。

「えっ!」

 そんなテリーとは反対に、ユナにとっては大した問題だったらしい。
真っ赤な顔で視線を泳がせ、返答に困っている。

「……意識するなよバカ」

 テリーは舌打ちすると宿帳にすらすらと自分の名前を書いて、鍵を受け取りさっさと宿の階段を上がって行った。
ユナも、少し迷ったがテリーの後に名前を書いて階段を上がる。宿は3階、屋根裏部屋と書いてあった。

 鍵を開け部屋に入ると、確かにベッドはひとつだった。
出窓が有り簡素なベッドだけが置いてある。床には小さな赤い絨毯が引いてあるが他には何も無い。
2人は野宿もするし、航海でも大部屋や倉庫で眠ったりもするが
このようなこじんまりしてシンとした部屋に2人で宿泊した事は無かった。

荷物を置いてさっさと部屋を後にするテリーに、ユナは声をかけるタイミングを失っていた。
ユナは動揺する自分を制して、荷物を置いて同じように部屋を後にした。




 ユナはスラリンと一緒に港町を見回って荷物の整理や補充をした。
これから長く雪道を行かなければならない、体を暖かくする薬草や日持ちする食材、
薬などをたっぷり買い込んだ。いつの間にか宿場には夕闇が迫っていた。

夕食をとって熱い風呂に入り体が温まった所で部屋に戻る。
テリーはまだ戻っていないようだ。おそらく酒場で情報収集をしているのだろう。
新しい場所に行った時は大体そうなのだ。

ユナは、ベッドに座ってサンマリーノで行商人から譲ってもらった魔法書に目を通した。
今まで使った魔法書に比べ、より詳しく簡単に呪文の仕組みが書いてあり
なおかつ種類も豊富だった。
本には難しい文字と、それを簡単に訳された文字と二通り書いてある。
前者はもともと本に書いてあった物で、後者はユナ自身が書き加えた物。
ユナは簡単な文字は読めるが難しい文字は読めない為だ。
読めない文字は大体テリーが教えてくれる。
教えて貰うのは恥ずかしくて抵抗もあったが、そんな事は言ってられない。

じっとリレミトのページを呼んでいる時に部屋のドアが開いて、集中は途切れた。

「まだ起きてたのか?」

 声の主はテリー。湯浴みを済ませた後なのか、鎧を外した簡素な恰好で部屋に入ってくる。
ユナは高鳴る心臓を抑え、極力意識しないように努めた。

「うん、魔法書読んでた」

 テリーは持っていた服や鎧を部屋の隅に置いて、ユナの正面に座るように床に腰を落ち着けた。
引っ張り出してきた地図をじっと見つめている。
ユナは窓際に置いていたランタンをテリーの方にずらし、自分も魔法書に目を通した。

「もう湯浴みは済ませたのか?」

「うん、熱くて気持ち良かったよ、やっぱ寒い所の湯浴みは最高だよな〜」

 テリーが自分から話しかけてきた事に驚きつつ、返した。
テリーはまぁなと呟くと再び地図に目をやる。その後、ちらりとユナの顔を見た。
湯浴みを終えた後のせいか、髪は整えられ、埃まみれの顔や肌も綺麗にされている。

色素が薄いのか、冒険しているようには見えない澄んだ肌
金髪に少し茶色を混ぜたような髪色。瞳も髪と同じような色で色彩は薄く不思議な色合いをしている。
先ほど酒場でいろんな人間を観察してきたが、ユナのような雰囲気を持っている奴は
男女とも居なかった。
誇張しすぎなのかもしれないが、エルフや妖精がいればもしかしたらこんな雰囲気なのかも
しれない…とそのような事すらも思う。
トルッカの男が入れ込む理由も分からないでもなかった。

「字が読めねぇ…」

「……」

 まぁ それは 喋りさえしなければの話だ。
テリーは心の中で毒づくと地図を荷物に押し込み、ユナの返事も待たずさっさとランタンの明かりを消した。

「また今度教えてやるから、今日はもう寝ろ」

 部屋にあった毛布の一枚を突き付け、自分はもう一枚の毛布を取った。

「テリー、ベッド使うだろ」

「いや。オレは床で寝るからお前はベッドを使え」

 またもユナの返事を待たずさっさと床に横になる。
簡素な絨毯が引いてあるとはいえ、冷たくて固そうな床。ただでさえ長い航海で体が疲れてるはずだ。
さすがに引き下がれない。

「いやいや、だって、宿代テリーが払ってくれたんだろ?じゃあオレが床で寝るよ!」

「オレはお前と違ってヤワじゃない」

 それだけ言うと、後は何も答えてくれなかった。

「いーや!今日ばかりは引き下がらないからな!」

 ユナは勢いよくベッドから起き上がると、グイ!とテリーの腕を掴んで引っ張った。

「オレが床で寝る!テリーがベッドで寝る!!」

「うるさいな!オレがどこで寝ようがオレの勝手だろ!」

「じゃあオレが床で寝る。オレがどこで寝ようとテリーには関係ないんだろ?」

「お前、体調崩さずに済むのか?もし風邪をひいても待ってやらないぞ!」

「それはテリーだって同じ事じゃないか!」

「…ピッキキィ?」

 その喧噪を止めたのは、窓際で二人のやり取りを見ていたスラリン。
言葉の意味はユナにだけ伝わって、ユナは薄暗い月明かりでも分かるくらい赤面した。

「で、で、出来るわけないだろ!一緒にベッドで寝るなんて!」

 勢い余ってしまったのか、ハっと気付いてユナは顔を背けた。

「ピッキィィ?」

 スラリンは分かっていないのか首を傾げ更に疑問を投げかけた。

「だ、だって………」

 言葉を詰まらせるユナに、テリーはため息をついた。

「…意識するなと言っただろ?」

「べっ、別に意識なんかしてないし!じゃあ、良いよ別に同じベッドでも!」

 売り言葉に買い言葉だろう、ユナはベッドに潜り込むと全身毛布にくるまり壁際にぎゅっと張り付いた。

「どうぞ」

 毛布でくぐもった声。
こんな時ですら、彼女は彼女だ。

「バカ」

 ボスン!と その毛布の塊に枕を投げつけると、その塊はもぞもぞ動いた。

「バカとはなんだよ!バカとは!オレは別に意識なんてしてないって!」

「…いいのかよ?本当に同じベッドで寝ても」

 毛布の塊は急に シン と静かになった。
そしてもぞもぞ動くと壁に同化するんじゃないかと思わせる程、張り付く。
もはやベッドに寝ているというよりベッドに寄りかかっていると言った方が正しい。

「…いいよ。オレ、こうやってる…し…」

 毛布の塊はもごもごとそのような事を言った。

色気も何もない。
まぁ、こういう所がユナらしいと言えばそうなのだろう
テリーの中で悪戯心が首をもたげてきた。
ベッドに手を突き、そっとユナに顔を近付ける。
毛布の塊のまま、悲鳴を上げ飛び上がるユナを想像して笑った。

「おい、ユ――――」

 毛布の中の彼女と目が合った。
深い色合いの瞳、口は遠慮がちに少し開いていて、赤面して困惑した表情で

「………っ!」

 テリーは驚いて飛び退いた。

「…テリー…どうしたん……」

 毛布から頭を出してユナは上半身を起こす。
テリーは投げつけた自分の枕をひったくるように奪うと

「お前は良くても、オレは願い下げだけどな!」

 すぐさま床に身を寄せ毛布を被った。

「なっ、なんだよそれ…テリーが聞いてきたんじゃないか!」

「本気にするなよ、お前がうだうだ言うからこんな事になってるんだろ!?」

 突然機嫌の悪くなるテリーに、ついユナはかちんと来た。

「ほんっとに気分屋だよな!あーもう分かった、オレがベッドで寝るからな!後で文句言うなよっ!」

 同じように頭から毛布を被り、ベッドに埋まる。
先ほどの喧騒が嘘のように部屋は静まり返った。

 ……心臓の音がうるさい……
テリーは鼓動を抑えるように息を飲んで、呼吸を整えた。

「……イラつく…」

 小さくそう呟くとユナに背を向けて、早く眠りに就ける事を祈りながら目を閉じた。





 その夜、テリーは悪夢にうなされた。
その悪夢はいつも見るような、黒い影に追われる夢ではなかった。

ミレーユ以外の人間が久々に自分の夢に現れる。
そいつは良く知ったいつもの笑顔のまま、胸から真っ赤な血を流していた。

その血はどんどんと広がって、自分の足元にまで及んでくる。
一歩も動けないまま、彼女は絶命した。

「――――――っ!!」

 テリーはようやくその悪夢から解放され目覚めた。
外は大分冷えてきたというのに、額からは汗が滝のように流れてきていた。
窓の外を見る、眠りに落ちてそんなに時間も立っていないようだ。

もう一度、気分を落ち着かせるかのようにゆっくりと息を吐く。
そして立ち上がると、ベッドで眠るユナを確認した。
彼女は夢と違って、気持ちよさそうな顔ですやすや寝息を立てている。

「まさかな…」

 テリーは額の汗を拭った。
夢にこいつが出てきたのは、先ほどあのようなやり取りをしたせいだろうか?
仕返しでもしてやろうかと思い、軽く鼻を摘む。

「うぅ……」

 一瞬だけ苦しそうに顔を歪めるも、放すとすぐにだらしない寝顔に戻った。
先ほどの映像はまだ鮮明に頭に残っていたが、その顔を見て少しだけ安心した。

「…ただの…悪い夢だ…」

 そう小さく呟くと、冷たい床に再び身を寄せた。



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