18. 凍れる街



 夜明け前にユナは目を覚ました。
部屋の中は冷気が充満していて起きるのも辛かったが、毎日の剣の日課は欠かしたくない。
背伸びをして欠伸をすると、寝ぼけ眼をこすった。
視界に青いものが入ってきて

「スラリン…おはよ…」

 うとうとしながらそれに手を伸ばす。といつもの感覚では無く、ちゃんと目を開けてそれをみた。

「…寝ぼけてるのかよ?早く顔でも洗ってこい」

「――――っ!」

 掴んでいたのはテリーの青い服。
昨日の記憶が一気に蘇り、ユナは乱れた部屋着を慌てて綺麗にした。

「剣をやるんだろ?今日は久々にしごいてやるよ」

 なんて事を言う物だから、顔を洗わなくても一気に目が覚めてしまった。
「早く来いよ」と言い残してテリーは部屋を出て行った。



 本当に久しぶりにテリーからしごかれた気がする。
宿の近くの開けた場所で、二人は向かい合った。

どんな手段を使っても良いから攻撃を避ける事。

これが今朝の課題だった。
剣で攻撃しても、呪文を使っても、逃げても、石を投げても、なんでもいい。取りあえずテリーの振るう木刀に当たりさえしなければいいのだ。

勿論テリーは怪我しない程度に留めてくれる。
だが、その速さと正確さは、その課題をクリアするには少々レベルが高いものだった。

「目で追うだけじゃだめだ。予測しろ。相手が何を考えているか」

 息が上がって、何も答えられない。三つ目までは躱せたが、四つ目の突きは全くの予想外で、ユナは足をもつれさせ転んだ。
テリーは倒れたユナに手を差し伸べて起き上がらせる。
まだユナの呼吸は整っていない。

「…良い線まで行ってる。戦いながら周りを見て、そして考えるんだ」

「う うん…」

「雪山ではどんな魔物に襲われるか分からないからな」

 もしかしてその為に、こんなにもしごかれたのだろうか。
「今日はここまでにしてやる」と意地悪な笑みを浮かべて宿に戻って行った。
ようやく呼吸の落ち着いたユナは、側で見ていたスラリンに

「オレなんか、テリー怒らせるような事した?」

 と困惑して尋ねた。




 稽古を終え、身支度やら朝食やらを済ませると皮袋に食糧やら薬草やら衣類やらを
詰め込んで北の街道を歩いた。
いわゆる、呪われたマウントスノーへの道だ。

宿場の自警団は、マウントスノーに行きたい、という二人をさっさと送り出す。
たまにこういった物好きな輩が来るらしく、別段驚いた風でもなかった。
それでも簡素な地図をくれて、山小屋の設置されている場所を記してくれたのは大変ありがたく、それを目当てに進むことが出来た。

「…イミルが言ってたのは、洞窟って言ってたよな?」

「そうだな」

「洞窟って、遠くから見て分かる…?」

「どうだろうな」

 テリーは何かを知っているのかそうでないのか、曖昧にしか答えない。

「………」

 ユナには行くか、行かないかの選択肢しかなかった、答えは勿論前者だった。

「…まぁ どうにかなるか!」

 考えても仕方ない、ついて行くと言ったら、テリーについて行くのだ。




 マウントスノーに近付く度に、周りの景色はどんどんと変わって行った。
山は雪化粧をし街道は冷気で冷え、ブーツから寒さが染み込んだ。
野宿する事を覚悟していたのだが、山小屋があると知って心底安心した。
こんな場所で野宿だなんて、いくら毛布や分厚いマントがあると言えゾっとしかしない。

朝からずっと歩き続けて白い山が夕暮れの光を反射して美しく輝きだした頃
山小屋を見つけた。街道沿いに点在する山小屋はどうやら半日歩いた距離の
間隔に建っているらしかった。

小屋の扉が簡単に開いた所を見ると、割と最近この小屋は使われたようだ。
中は思ったより綺麗にされていて、煉瓦で覆われた暖炉まで備え付けられてある。
部屋の隅には薪があって、湿気ないように特殊な術まで掛けられてあった。
薪の残りはかなり少なくなっていたが、今晩の暖を取るには十分すぎる程ある。

暖炉に薪を放り込み、火を入れると瞬く間に小屋の中は暖かくなった。
簡単な食事をすませ地図を見ながら今後の事を話し合った後
二人は暖かい室内で一日の疲れを癒した。



「…………?」

 入念な剣の手入れが終わる頃、すやすやという気持ちいい寝息が聞こえてきた。
魔法書を読んでいたユナがそのまま眠ってしまったらしい。
寒い中歩き続けてからの暖かい室内。寝入ってしまうのも無理はない。
暖炉の火は消えていたが、熾火のお陰で暖かかった。
毛布をかぶせてやると、大きく寝返りをうってこちらに背を向けた。

開かれっぱなしだった魔法書を戻そうと手に取る。
回復呪文べホイミ 迷宮脱出呪文リレミト その二つのページに折り目が付けられてあって読み込んだ跡があった。

「魔法書を読めばいいってもんじゃないだろう…」

 起こさないように呟く。魔法には素養が必要なのだ。
まぁ、頑張っている彼女にそんな事を言うのも野暮なのだろうが。
フっとテリーは笑って本をぱらぱらとめくる。
行商人から買ったというその古書には多種多様の呪文が記されてあり、その中にひとつ、気になるページがあった。
そこには、禁呪と書かれてある。
自分の生命エネルギーを攻撃魔法に転換する呪文。
その力は絶大で、相手の命を奪う代わりに自分の命も潰えるという。

 自己犠牲呪文メガンテ

「…………」

 それは一番最後のページ。読まれた形跡はまだ無かった。
テリーはそのページを破り捨ててやろうかという気持ちに駆り立てられたが、よくよく見ると難しい文字ばかりで、あいつには読めないだろうと言う思考に至る。それにもし読めたとしても、使いこなすのは無理だろう。
べホイミやリレミトですら苦労しているのだ。
上級呪文の、しかも禁呪を使えるとは到底思えない。

昨夜見たあの夢を何となく思い出してしまって、気持ちの悪い汗が滲んだ。

テリーは寝ているユナへの配慮も忘れて乱暴に本を閉じるとユナの荷物の側に置いた。
そして自分も同じように毛布を被る。明日も早い。早く、マウントスノーへ行かなければ…




 宿場を発って4日が経とうとしていた。
暖炉の備え付けてある山小屋を経由しているお陰か当初予想していたものよりも雪山越えは厳しいものでは無かった。

地図を確認する。これから先に山小屋はもうない。
関所で貰った地図にも世界地図にも記されていなかったが街道の終わりにはあるはずだ。マウントスノーの噂が。
テリーは地図をしまって前を見つめた。雪がちらついて視界を邪魔する。
周囲は白い雪で覆われ、街道にもくるぶし程までの雪が積もっている。
ぎゅっぎゅっと雪を踏み潰しながら歩いた。

分厚い雪雲は朝なのか昼なのか、夜なのかさえ分からなくさせる。
しかし最後の山小屋を出発してもう大分経ったのはあきらかだった。
後ろのユナは、と言うと口数はめっきり減って無言で後を付いてきている。

「えっ!!」

 そう思っていた矢先、ユナが久しぶりに声を上げた。

「なあ、あそこ、何か見える!」

 目の良いユナは白い雪の視界に埋もれる何かを見つけて指差した。
角度のきつい三角屋根、灰色と白の世界で見つけた赤。

「教会だよ!何でこんなところに…!」

 再び声を上げて、宿場を出て初めてテリーより先立って走る。
教会らしき物に近付く度、色々な物が姿を現した。
立ち並ぶ民家、道具屋や酒場、宿屋の看板すら見えた。真っ白い街壁が見えた所でようやくテリーは口を開いた。

「マウントスノー、これは山の総称なんかじゃない。忘れられた街の名前だ」




 街は確かに忘れ去られていた。
宿場でもここに街があるなんて事は誰も知らなかった。人々からも、世界からも忘れられていた。

「…テリー、知ってたのか?ここに街があるって…」

「…いや、噂に聞いてただけで確信は無かった。だが、考えれば何となく分かるだろ?何のために街道があるのか。山小屋も、宿場の北には関所もある。街があったって不思議じゃない」

 そういってテリーは街を見回した。街中が雪で覆われていた。何十年も忘れられていたにしてはおかしい事は山ほどあった。
店の看板、立ち並ぶ民家、街を繋ぐ煉瓦道。
何一つ、劣化していない。

「呪われた場所…」

 テリーの思考を止めたのは、青い顔で震えるユナ。
酒場のマスターと同じ口調で言った。

「…この街だけ時間が止まってるみたいだ…」

 彼女は意図せず、テリーの考えている答えに行きついた。
もう一度、ぐるりと街を見回す。確かにこの街だけ時間が止まっているようだ。
それは彼女の言うように呪いという言葉を当てはめれば、いくらかしっくり来た。

「……その通りじゃよ」

「ぎぃいいやぁぁっ!!!」

 聞き慣れないしわがれた声に驚いたがそれよりもユナの悲鳴が勝って、耳を塞いで腰を抜かしているユナの頭を小突く。
剣に手を掛けてゆっくりと振り向くと、そこに居たのはフードを被った腰の曲がった小さな老人。吹きすさぶ風の音に混じって再び老人は呟いた。

「ここは、世界にも時間にも忘れ去られた街じゃ」

 老人は付いてこい、と二人に言うと歩き出した。
テリーは剣に手を掛けたままで、ユナは震える足で何とか立ち上がって老人の後を歩く。
匂いで魔物の類ではないとは思ったが、それでも不審な人物に代わりは無い。
煉瓦造りの小さな家に案内された所で

「何者だ」

 問い詰めるような強い口調でテリーは言った。
老人はなんとなしに振り向いた。

「あんたらは…冒険者じゃな…?大方、忘れられたこの山にお宝でもあると思って来たんじゃろ」

「………」

 テリーは答えなかった。ユナも何も言えず二人を見守る。

「良く来るんじゃよ、あんたらみたいな命知らずがね。わしはゴラン。この街に住んでいる者じゃ。わしは正真正銘の人間だよ。信じられないならわしを斬るが良い。別にそれでも構わんよ」

 家の扉を開けると暖かい空気が漏れる。暖炉の火に照らされる老人の顔は寂しそうに見えて

「このじいさん、大丈夫そうじゃないか?魔物じゃない事は分かってるんだろ?ちょっと、家にお邪魔しようよ?」

 それは暖かさに有りつける!という気持ちから出た物じゃなかったのだが、テリーは
そこまで思えなかったようで。

「お前には呆れる。勝手にしろ」

 そういいながら、剣に手を掛けたまま先に中に入ってくれた。




「…あんたはそこで良いのかい?」

 テリーは完全に老人を信用できないのだろう。入口扉の前に立ったまま微動だにしなかった。ユナは、と言うと、案内されたソファに迷いながらも座った。そこは暖炉の火が良く当たってついつい緊張が緩んだ。

「なぜオレたちにこんな事をする?」

「なぁに、暇なもんでね。どうせあんたらこの先の洞窟に行くんだろ?あの洞窟に行って帰ってきたもんなどおりゃせんよ。わしは、あんたらの最期の晩餐に興味本位で付き合ってるだけじゃ」

 老人は柔和な顔でゾっとする事を口にした。

「へぇ、まぁ、正直に言ってる所をみればあんたも色々苦労があったようだな」

 テリーはそういって冷笑した。

「ここに来る冒険者もあんたみたいな奴が多かったよ。自信家で、はぐれ者で、だからこそ求めるんじゃろうな。この忘れ去られた山の宝を」

 老人はまた寂しそうに笑うと、暖かい飲み物を差し出してくれた。
テリーは勿論受け取らなかった、ユナは一瞬迷ったが好意を無下に出来ないのとあまりにそれが、香ばしくて良い匂いがしたので思わず受け取ってしまう。
注意深く匂いを嗅ぎほんの少し口に含むが毒は入っていないようだ。
湯気の出るそれを一口飲むと体の芯から温まるようだった。

「あ、あの、おじいさん、何でこんなところに1人で住んでるの?この街は、どうしてこんな事になってるんだ?」

 暖かい飲み物で緊張がほぐれたのか、ユナはつい訊ねた。
それに対し、饒舌で毒舌だった老人は言葉を探すように口ごもった。

「それは……あまりわしの口から言うような事ではないの……」

「雪女の呪いか?」

 酒場のマスターから聞いた話。
それをテリーは信じていなかったはずだった。
そしてそれを聞いた老人の愕然とした表情、その顔は暗に答えを諭すようだった。

「まぁ、なんでもいいさ。この街の事なんて、知った事じゃない。それよりさっきこの辺りに洞窟があると言ったな?そこへ案内してくれないか?暇なら、それぐらい良いだろう」

 一息にそう吐き捨てる。
老人は立ち上がると掛けてあった暖かそうなコートを羽織った。

「こんな落ち着きのない奴はあんたが初めてだよ」

 頑丈そうな黒のレインブーツを履いて、裏地がウールの帽子を被った。何も言わず家の扉を開ける。氷のような冷たい風が体を突き刺した。




「着いたぞ、あそこだ」

 雪道を1時間ほど歩いたくらいだろうか、白い雪の中で老人が立ち止まり、遠くの山際を指差した。
指の先には真っ白な世界にぽっかりと空いた真っ黒い穴。
間違いなく洞窟の類だろう。思ったよりマウントスノーと離れていない。

「元々は物資を貯蔵する為の洞窟だったんだが、いつの間にか魔物が棲みついての」

 心の疑問の答えを返してくれた。

「物資か…なるほど…」

 マウントスノーの金持ちが宝をそこに隠していた可能性がある。
トルッカのルドマが持っていたような値が付けられない剣。
50年以上前なら、伝説になっている剣だってあるかもしれない。

「あそこがイミルが言ってた洞窟?」

「ああ。恐らくそうだろう。物資を貯蔵していたという話と良い、信憑性が出てきたな。ずいぶんと回り道をさせられたがようやくご対面か…」

 騒ぐ胸の内を抑え、テリーは歩き出した。

「ありがとう、助かった」

 形式的な礼を言うとさっさと歩き出す。ユナも頭を下げてそれに続くと老人が呼び止めた。

「危険を感じたらすぐに引き返せ!」

 初めて大きな声を上げる。

「ここ50年、宝を手に入れようとした者は誰も帰ってきてはいない!恐らく何か恐ろしいものが洞窟に居る」

「忠告、感謝する」

 一応テリーは手を上げて、再び歩き出した。





 どうして、こんな事になってしまったのだろう。

先ほど、テリーと老人と3人で歩いていた道。
そこを1人で歩きながらユナは記憶を巻き戻した。

 口げんかのキッカケは些細な事だったと思う。
テリーがあそこまで怒る意味も分からない。

「もう知らねえ!なぁ!スラリン!」

 鞄の中のスラリンは顔を覗かせると、ぴきぃと相槌を打ってくれた。
テリーはついにユナに足手まといの烙印を押し、同行する事を拒否したのだ。
それでも付いていく!と言うユナに対し、テリーは死ににいくようなもんだ。と返す。
それにまたユナが言い返し、テリーが更に言い返す。
後は、中身のない口論が続くだけ。

マウントスノーに帰ってろ!もうついてくるな!

「…………」

 悔しさと悲しさで顔が歪む。
ケンカのきっかけは些細な物、しかし、それに至る経緯は些細な物でもないのかもしれない。

洞窟の前で待ち伏せしていたかのように魔物に襲われた。
ちゃんと戦えていたはずだ、ヘマもしていない。だけど圧倒的に向こうが強かった。
短剣は歯が立たず、攻撃呪文も効いているのかいないのか分からない。
遂には大剣すら弾かれて、間一髪でテリーに助けられた。

…それが二度ほど続いて。

 確かに、オレが弱いのがいけないのだろう。
剣の腕も、魔法も、自分なんかじゃ手におえなかった。

マウントスノーに帰るまでは持つだろうからと聖水を頭から浴びせられた時は本気で足手まといなんだろうと、少し泣いてしまった。

「ぴきぃ」

 スラリンは鞄から飛び出し、ユナの肩に乗った。

「うん…分かってるよ…スラリン」

 テリーは、ユナの事を心配しているんじゃないか?

スラリンはそういってくれた。それは、ユナにも分かっていた。だけど、最近の彼はいつもと少し違っていた。
いつも以上に気を張って、いつも以上にユナを過小評価した。
守ってくれている、と言えば聞こえは良かったが、それはユナの本意では無い。

テリーの役に立ちたい。

その思いがユナを突き動かしていたが、もしかしたらそれがテリーの重荷になっていたのかもしれない。

「……テリー、ホイミ無しで大丈夫かな…」

 先ほどまで知らねえ!と息巻いていたのが嘘のように、ユナはそのような事を呟いた。

「…………」

 最初からホイミだけやれば良かった。
戦いは彼に任せて、傷付いた時にホイミをかける。それだけでも十分に役に立つのでは無いか?それを無理やり戦いに参加するような真似をして、危険な目に遭った。

「………」

 今から帰って謝れば許してくれるだろうか?付いて行ってもいいだろうか?
何よりユナは、テリーの事が心配だった。

「ピッキィイイ!」

 スラリンは肩から降りて、ピョンピョン跳んだ。
スラリンが跳んだ先は、あの洞窟。
親友のスライムはどうしていつもこう、自分の背中を押すのが得意なのだろう。

「……うん…行こう!」

 そういうと、一人と一匹は来た道を走り出した。




 洞窟の魔物は予想以上に手強かった。
トルッカでエリザを攫った魔物、あれと同程度の魔物がうじゃうじゃ居た。
道すがら、人間のような躯を何体も見た。
恐らくあの老人が言っていた命知らずの冒険者だろう。

 剣を一振りして魔物の血を払う。剣を鞘に入れる事すら出来ず
右手に剣を、左手にランタンを持ってテリーは歩いた。
洞窟に染み込んだ水が寒さで凍って、ランタンの光に照らされる。
地面も所々凍っていて、魔物との戦いには細心の注意を払わねばならなかった。

ついて来させなくて良かった。

頬に飛んだ魔物の血を拭って、テリーは思った。
久しく派手な口げんかをしたが、死ぬよりマシだ――――。

テリーは洞窟を奥へ奥へと進んだ。物資の貯蔵という割には洞窟は入り組んでいたが、それも、洞窟に侵入した盗賊や山賊を惑わせる為とも考えれば理解出来る。ほどなくして洞窟には似つかわしくない人工的な扉があった。
天井から地面までぴっちりと閉まったその扉は強固そうに見えたが、長年の時間を経て
錆びていてボロボロに見えた。

「…ここだな…」

 宝を守る魔物――――。
そんな言葉が胸を過った。50年誰も帰ってきた者はいない。中には恐らく名うての冒険者も居たのだろう。
思考を巡らせながらそっと扉に手を掛けた。触れた弾みで表面がポロポロと崩れた。

その時、耳が何かを捕らえ弾かれたように振り向いた。
洞窟に反響して聞こえてくる音は、何者かの足音だ。考える間でもなかった。

「バカ!!どうして来た!?」

 魔物に気付かれる、という思慮も忘れてテリーは怒鳴った。
その声は反響してやけに大きく聞こえ、足音の主は派手に驚いて視線を泳がせる。

「テ、テリーが心配で……」

「くそっ…!足手まといだって言っただろ!?」

「それは分かってるよ、だけど…!ここまで来てオレだけ帰るなんて出来ないよ!」

「お前は何も分かっちゃいない!ここがどれだけ危険な場所なのか!気を抜けば死ぬ!お前みたいにへらへらしてる奴から、真っ先にな!」

「…………っ」

 思わず言い返しそうになって、ユナは口を噤んだ。またケンカになってしまう。そんな事の為に戻って来たんじゃない。

「手は出さない……」

「………」

「遠くで見てるだけにするから……それだったらいいだろ?」

「戦いが終わって、テリーが怪我したらホイミするから…だから、最後まで付いて行かせて…!」

 嫌な予感はテリーの胸に張り付いたままだった。
どうしてこいつは、いつもこう、頑固なんだ―――――。




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