19. 決意



 二人は口論の後、ユナは戦いには参加しないという誓いを立て探索を共にする事になった。もしその誓いを破れば即パーティ解散。ユナにとってはこれ以上ない程厳しい罰だ。

身構えて錆びた扉をゆっくり開く、が、中には何の気配も無い。
洞窟をそのままくりぬいたような空間の中にはシンとした冷たい空気と埃が充満していた。
壁際にはいくつか本棚があり、それの前には樽が積み上がっていたり、木箱が散乱していたり、開けられた形跡の無い宝箱まで有った。

そんな乱雑な場所でひっそりと眠っていた。
ずっと二人が探し求めている物。

「…あれは……っ!」

 他の物に混じって放置される形で横たわっている剣は明らかにオーラが違っていた。
武器屋にある物でも、ルドマの家宝とも違った。
まさしくあれは

「生きている剣――――!」

 剣に目を釘づけたまま、テリーは走り出す。

「ようやく見つけた―――!!」

 自然と言葉が零れる。
今まで長い旅をしてきた、ようやくそれが報われる。

「良かった!良かったな!!テリ……っ」

 瞬間――――突風が後ろから二人の間を吹き抜けた。
すっかり剣に意識を奪われていた二人は突然襲ってきた強い魔力に吹き飛ばされた。

「ぎゃっ!!」

 ユナはどしんと背中から地面に着地するも、もんどり打つ暇も無い。
テリーは受け身を取ると同時に身構えた。

「敵だ!構えろ!!」

 言葉が耳に飛び込んできて、慌てて立ち上がリ防御の体勢に入る。
そこは先ほど居た洞窟では無かった。雪で白く覆われた世界。
遠くに険しい山脈が連なっている。

「洞窟の外へ押し出されたみたいだな…」

「外って…」

 考える間もなく再び風が吹いた。その風はぐるぐると頭上を周りみるみる形を成していく

『懲りない、人間』

 風は雲になって、雲から人間のような体をした魔物が姿を現した。

『懲りない、面白い』

 人のような、人でないような、その姿と不気味な声。
その魔物は大きく口を開けて首を回した。
見た事も無い魔物。魔物は人と同じような目と鼻と口を持っていて頭にはターバンのようなものを被っている。雲と一緒にゆらゆらと空中で揺れて笑っていた。

危険な気配を感じとってテリーは一歩前に、ユナは一歩後ろに下がった。
魔物は大きく手を振り上げ、その手を振り下ろした。

「―――――っ!」

 強烈な風の刃が周りの雪を巻き込んで二人に襲い掛かる。
白く危険な風の渦を横に跳躍して何とか躱すと、また、魔物は笑った。
風で抉れた地面は、その破壊力を物語っていた。

「……っ」

 ユナはぞっと、足から震えがのぼった。
バギクロス――――魔法書で読んだ、風を操る最強の呪文の事を思い出した。

ユナの思考を余所に、テリーは躱したと同時に魔物に斬りかかっていた。
不意を突かれた魔物は真っ二つになった、はずだった。
テリーの剣によって体を縦に斬られた魔物は、そのまま にやり として雲の姿に戻るとテリーの体に巻き付いた。

首、胴、腕、足と、執拗に絡みつき締め上げる。
苦痛に顔を歪めながらも、テリーは決して剣を放さなかった。

眩い閃光が魔物を掠めた。魔物は一瞬怯んで、テリーを解放する。
地面へ投げ出されたテリーは何とか受け身を取ると盾を構えた。

「言っただろ!手は出すな!!」

「―――――っ!」

 駆け寄るユナを制する。

「お前の生半可な呪文じゃ、あいつを怒らせるだけだ!」

 魔物は再び雲に乗った人間に姿を変えると大きな口を開け、激しい炎を吐き出した。
プラチナの盾は何とか持ちこたえてくれ、今度はテリーは魔物を横に薙ぎ払った。
しかし真っ二つにされたと思った魔物はまた雲の形になり、何事も無かったかのように笑う。
まるで、先ほどの場面を巻き戻してみているようだ。

「テリー!!」

 ユナはたまらずテリーに駆けよった。

「手は出すなって言ってるだろ!!」

「出してないよ!んな事じゃなくて!テリーだって気付いてるんだろ!!」

 今度はユナが怒鳴った。

「あいつに剣は効かないよ!!相性が悪いよ!!」

「………」

「逃げよ…?ルーラで!どこに行くか分からないけど、殺されるよりマシだよ…!」

『逃がさないよ』
『逃がさないよ』

 低く、唸るような声が響く。

『剣を求めに来た奴は逃がさないよ』
『絶対逃がさないよ』

「…だそうだ……」

 テリーは体勢を低くして魔物を迎え撃つべく剣を構えた。

「……お前だけでも……逃げろ……」

 聞き取れるか取れないくらいの声でテリーは呟いた。

「オレが隙を作る。こんなだだっ広い所じゃ普通に逃げるのは
難しい、お前の言った通りルーラに賭けた方がいいかもな…」

「テリー…なに……」

 テリーの呼吸が荒くなる。
テリーも分かってる、あいつには勝てない―――――。

「…分かったらさっさと行け!!!」

 怒号と共にユナを突き飛ばして、再び魔物に斬りかかった。

真空斬りもはやぶさ斬りも、全く歯が立っていない。
幻のようにその体は揺らめいて掴みどころがない。

ユナの額から汗が滲んで頬から顎に伝って、恐怖が喉元までせりあがってきた。
このままじゃ テリーが

轟音のような唸りが耳をつんざく。
魔物の放った風の刃がうねるようにテリーに襲い掛かった。
バギクロス級の強靭で鋭利な風は寸前で躱してもなお、テリーを吹き飛ばし、地面へ叩きつけた。魔物は大きな口を開けた。

「ピッキイイイイ!!」

 スラリンが跳び出し氷の息で応戦するが、魔物は首をぐるぐる回しスラリンを見つけると
一息で吹き飛ばした。

「スラリン!」

「ピキィ…」

 気絶してしまったスライムを鞄に避難させる。
魔物は再び大きく口を開け、ゆっくりと息を吸い込むと凍えるような吹雪を吐き出した。
それは立ち上がろうとするテリーを容赦なく襲った。

手が、足が、体が凍る。
動きが鈍る。

魔物は楽しそうに上空を旋回した後、身動きの取れない
テリーに三度目の風の刃を放った。
躱す事が出来ず何とか盾を構えるも、刃はテリーの体を切り刻んだ。

「―――――っ!!」

 真っ白い雪に赤い鮮血が飛び散る。
ユナの中の恐怖が弾けた。

「テリー!!!」

 再び追撃しようとする魔物に、ユナは無我夢中で聖水を投げつけた。
聖水を浴びた魔物はうざったそうにその場で体を回転させる。

「テリー大丈夫か!!今ホイミするから!!」

 駆け寄って、テリーの状態を見て少し安心した。
致命傷になるのを避けたのだろうか、幸いにも深い傷は追っていないようだった。

「逃げろって言っただろ…」

「嫌だ!1人でなんて――――!!」

「バカ、こんな時くらい、言う事聞けよ…!」

 見るとユナは、眉間に皺を寄せ、口元をぎゅっと引き締めていた。
泣くのを我慢している時の顔だ。

「……もう一度言うぞ……」

 左手を支えにして、テリーは立ち上がった。
顔、腕、足、無数の切り傷から赤い血が滲み出ていた。

「お前は…逃げろ……!」

「………っ!」

「お前だけ…なら…逃げられる…!」

 耳から頬に掛けて斬られた傷から血が汗と一緒に滴り落ちている。
テリーは唇を噛みしめ、突き飛ばす力も残ってないのか左手でユナを小突いた。
血の匂いが掠める。
アメジストの瞳と目が合った、決して弱さを見せないその瞳。
オレはいつだってテリーに助けられてきた。
ぎゅっと拳を握りしめる。
それは、決意の表れだった。

「……わかっ…た…」

 ユナは、顔を俯かせてそう呟いた。
テリーは少しだけ笑って、剣を魔物に向けた。
魔物は二人のやり取りを楽しそうに見ていたが、魔力をいつでも放出出来るように身構えている。

「……こういうのって…本当に…ギリギリになっちゃうんだな……」

 不意に聞こえたそんな言葉に振り向くと、ユナは俯かせていた顔をあげた。
その顔はいつもと少し雰囲気が違っていたが不思議な色合いをした瞳には、あふれるほど涙を浮かべていた。

「………オレ……好き……だ……テリー…が……」

 途切れ途切れの、拙い告白。

「……今まで黙ってて……ごめん………」

 テリーの表情を見て、再びユナは気まずそうに俯いた。

「…驚いたよな…うん、こんなオレがこんな事言うなんて…驚くに決まってるよな〜…」

 頭を掻いて、いつも通りの彼女の雰囲気に戻る。
それがあまりにもいつも通りの言葉としぐさで、テリーは、どうしようもなく

「………っ!」

 突然、ドン!という衝撃が襲い、不意を突かれてテリーは地面へ倒れ込んだ。
嫌な予感を感じて顔を上げると青いマントの少女は駆け出していた。
魔物に向かって――――。

ドクン!
頭の先からつま先まで、雷のように恐怖が突き抜けた。

「ユナ!!!」

 立ち上がろうとするが足に力が入らない、雪の中に体を投げ出して
テリーは叫んだ。
少女は立ち止まって、振り向いた。

「      」

 言葉は、聞き取れなかった。
白い光がゆらゆらと少女から立ち昇り、それは束になって空へと伸びた。
その束は太く大きくなり、その場を包んでいく。

夢の映像が、山小屋で見た文様が、瞬間的に脳裏を過ぎる。

自己犠牲呪文 メガンテ

遠い日の絶望が、波のように押し寄せた。

「…………っ!」

止めなければ
止めなければ、オレはまた――――――

「やめろーーーーーっ!!!」

 両手で地面を跳ね上げ、飛び込むように立ち上がる。
少女の背中に手を伸ばすが、その背中は、テリーの目の前で白い光の中に消えて行った。
魔物は呆気なく光に飲まれ、その光は更に強い輝きを放ち天に昇って行く。

いつの間にか、テリーは光に包まれていた。

もう一度、力の限りその名前を叫ぶ。

一瞬、あいつの姿が見えた気がした。

それは怒っているようにも、泣いてるようにも、
困っているようにも、笑っているようにも見えた。

なぜか、出会ってから今までのあいつとの思い出が蘇ってくる。
驚く事に、楽しかった。一緒に居るのも、悪くなかった。
こんな事を思う自分は自分じゃないようで、それもきっと、あいつのせいなんだろう―――――。

頬に涙が伝わってきて、何故かテリーは笑った。

……オレにもヤキが回ったな……

意識がだんだんと遠のく中
テリーは、黄金に輝くドラゴンを見た気がした。






「……………」

 定まらない視点の中、ようやく捕らえられたのは見慣れない天井。

「あっ!良かったぁ…気がついたんですねっ!」

 テリーは、虚ろな瞳のままその人物を見た。

「……ユ…ナ……」

「……え?」

 その人物に手を伸ばす。短い髪…しかし仲間の姿では無かった。
テリーは我に返って手を引っ込めた。

「あの…私、サラです。この教会で修道女をやってます。あなた、この教会の前に倒れていたんですよ。私、ホイミの心得が有るので、手当させてもらいました。勝手にごめんなさい」

 サラと名乗った少女は短く切りそろえられた黒髪の、可憐な少女だった。
ずっと付いていてくれたのだろうか、どことなくやつれた笑顔だ。
言われたように足の痛みは大分引いていた。

「教会…?ここはどこなんだ?マウントスノーじゃないのか?」

 サラは驚いた顔で

「マウントスノーですか…?ここは、クリアベールって言う街ですよ」

「クリアベール…?」

 頭の中で地図を広げる。マウントスノーからほとんど正反対に位置する場所だった。

「あらあら、ようやく目が覚めたみたいね!」

 快活な声がテリーの思考を止めた。
扉を開けて入ってきた中年の女性はテリーと目が合うなり笑った。

「私はここの教会で働いている修道女のスーザンよ。貴方、名前は?」

「……テリー…」

 少し考えて、名乗る。
スーザンと言った修道女はベッドへと歩み寄るとテリーの状態を確認してほっと息をついた。

「凄い回復力ね。倒れていた時はどうなるかと思ったけど、ずいぶん良くなったわ。三日三晩、付きっきりで看病してくれたサラにお礼を言う事ね」

「シスター!そんな、私は神の教えに従ったまでです。困った人が居たら手を貸すようにって」

「ふふ、はいはい。そういう事にしておきましょうかね」

 スーザンは、再びテリーに笑顔を向けて出て行った。
サラはなんとなく気まずそうにして、部屋の窓を開ける。心地良い風が吹き込んできた。
暖かい風、たしかにここはマウントスノーでは無い。テリーは軋む体を押して何とか起き上がった。

「……!まだ動いちゃダメですよ!」

 気付いたサラが慌ててテリーを引き留める。

「…このまま、世話になっているわけにはいかない。これだけ動ければ十分だ」

「何言ってるんですかそんな体で!お願いですからじっとしてて下さい!」

 傷ついた体は、か弱い少女の力ですらベッドに押し戻されてしまう。

「せめて傷が治る間はここに居て下さい…見返りを求めようなんて思っていません。さっきも言いましたけど、困っている人が居たら手を差し伸べる。これがこの教会の教えなんです」

「………」

「私、何か食べる物持ってきますね」

 そういうと、サラは慌てて出て行った。
テリーは背を向けて、無言で目を伏せる。
今のテリーはサラに礼を言う余裕も、他の事を考えられる余裕も全くなかった。

もう一度、軋む体を押して上半身だけ起こした。
教会の部屋の一室だろうか、テーブルや椅子に鎧や荷物が置かれている。
それは、血で汚れていた。

「…………」

 クリアベール……
オレはあいつの魔力で飛ばされたのか…?
あいつは……どうなったんだ…

最後のシーンが頭を巡った。
あいつの体から溢れた白い光。白い光は生命力の光だと聞く。

メガンテ―――――。

テリーは唇を噛みしめて頭を振った。

まさかそんなはずない…
あいつが、そんな呪文使えるはずがない…

考えれば考える程呼吸は荒くなる、喉が焼けるように熱い。
掻き毟るように胸を押さえる、重い石のような物が胸につっかえているようでテーブルの上にあったコップに手を伸ばし、無理やり喉に水を流し込んだ。
だがそれは流れる気配もなく、ずっと重いしこりのように胸の中に残り続けていた。

「……くそ……っ!」

……オレは…好き…だ……テリーが……

 遡った記憶は、そんな言葉を思い出させた。

…今まで黙ってて……ごめん……

「…何が……ごめん……だよ……」

 これ以上ないほど強くシーツを握りしめる。
爪で抉れた手のひらの血が、シーツに滲んできていた。

「お前の気持ちなんて……とっくに…分かってるんだよ……」





”貴方はまた、助けられなかったの?”

 暗い視界の中浮き上がる見覚えのあるシルエット。

”私も…あの子も……”

 幼き日の、誰よりも大切で誰よりも大好きだった女性のシルエットだった。
しかしその輪郭はぼやけていて、はっきりと見て取れない。

”そう、貴方には大切な人を守る力なんてないの”

 女性はそう言い残すと、どこからともなく現れた黒い影に連れ去られ消えた。

”テリー”

 今度は良く聞き慣れた声。
弾かれたように振り向くと、真っ赤な血が一面に広がっていた。
血の海に立って、そいつは笑った。

”テリーがもっと強ければ、もっと力があれば、オレは死ななくて済んだかもしれない”

 血で染まった手のひらが、頬に触れた。

”足りなかったから、力が足りなかったから、守れなかった、オレも、お前の姉さんも―――――”

 瞬間、目の前が真っ赤に染まる。





「うわぁぁぁぁっ!!」

「…っ!テリーさん…!テリーさん!」

 サラの声でテリーは現実の世界に呼び戻された。体からは汗が滝のように流れていた。

「どうしたんですか?眠ったと思ったら急に苦しみだして…」

 心配そうにテリーの顔をのぞき込む。テリーは無言で荒い呼吸を繰り返すだけだった。

「あっ、あのっ、私、水汲んできますっ…!」

 汗だくのテリーを気遣って、サラは部屋から出て行った。
テリーは呼吸を整える間もなく、ぎゅっと右手を握りしめた。

足りなかった…。オレに力があれば、姉さんも…ユナだって……

最後に見た、振り向いたユナの悲しそうな顔が、頭にこびり付いて離れない。

オレのせいだ…オレの…オレの……

「オレのせいなんだ………!!」

 耐え難い苦しみと後悔、そして憤怒が体中を蝕む。
どうしようもなく自分が許せなかった。結局何一つ守れなかった弱い自分が。

ふと、床に落とした視線が黒くて細い影を捕らえた。
ランタンの光に照らされて揺らめくそれはテリーを呼んでいるようにも感じられる。

痛みが残る体でなんとかベッドから立ち上がり、壁に立て掛けられていたそれを手に取った。
呼ばれるように鞘から引き抜くと
ぞくり。
剣を流れる赤い血が瞳をかすめる。
最後の光景と夢が一気にフラッシュバックした。

「…くっ…」

 体中を蝕む感情が更に高ぶる。
きつく噛み締めた唇から血の味が充満していった。
テリーは剣を鞘に収めるとそのままベルトに装着した。椅子の上に置かれていた
皮の胸当てを付け、荷物をまとめる。
その荷物の中には―――――
あの日、ユナから渡された青い帽子。

「―――――」

 テリーはその青い帽子を被り、そしてベッドの傍らに置いてあったマントを羽織る。

「テリーさん!!」

 水を汲んできたサラが驚いて駆け寄った。

「そんな体で何処に行く気なんですか!?無理すると…本当に、倒れるだけじゃすまないんですよ…!!」

「………」

 手当をしてくれて面倒をみてくれたサラには感謝していた。
だが…返事は出来なかった。

「悪い…行く。世話になったな」

 単語だけを並べて、サラの横をすり抜ける。
サラはアメジストの冷たい瞳に何も言えなかった。
ただ、どうして自分は涙を流しているのか、その意味を理解するだけで精一杯だった。




「止まりなさい!」

 聖堂には壁に色とりどりのステンドグラス、祭壇の横には立派なルビス像が設置されてあった。
闇に紛れて出て行こうとするテリーに、聞き慣れた声が呼び止めた。

「私欲に溺れて何処を目指そうと言うのですか?テリー!」

 私欲と言う言葉にむっとして、振り返る。
燭台を持ったまま、じっとこちらを見つめているのはスーザンだった。
ゆっくりテリーに歩み寄ってくる。

「そんな体では、倒れるのは目に見えています。人の好意には素直に甘えておくものですよ。それに…今の貴方には考える時間も必要です」

「…知ったような口を聞くな!」

 差し出された手を、乱暴に振り払った。

「オレの事を何も知らない修道女にとやかく言われる筋合いは無い!」

 スーザンの瞳には哀れみも怒りも悲しみも無かった。ただじっとテリーを見つめていた。
蝋燭の火がどこからともなく入ってきた風に揺らめいて消えた。
月明かりも無い夜の教会。暗闇の中で再び声が聞こえた。

「光も無くただ闇雲に彷徨うだけでは、何処にもたどり着く事など出来はしません。闇に迷えば、助けてくれる人の影すらも見えない人の温かさにふれる事の大切ささえ、忘れてしまう…」

「うるさいな!お説教は沢山だ!」

 暗闇の中で、ギラリとアメジストの瞳が光る。
殺気めいたその瞳は魔物のソレと酷く似ていて、スーザンは言葉と一緒に息を飲んだ。

「勧誘なら別の所でやってくれないか?オレは神に祈るなんて性に合わないもんでね」

 冷たく、そう吐いて背を向けた。

「テリー!貴方は分かっていません!心に巣くう闇の本当の恐ろしさを!」

 最後の忠告。テリーは全く聞く耳持たず立ち止まらなかった。
暗闇の中、扉を開ける。
外は厚く暗い雲が空を覆うどしゃぶりの雨。
9年前、誰よりも強くなると誓って一人旅に出たあの頃と同じだった。
あの頃と同じ決意を胸に秘め、テリーは二度と振り返る事は無かった。






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