20. ウィル



『愚か者めっ!!石となり、永遠の時を悔やむが良いっ!!』

「うあああーーーーっ!」

 おぞましい声、おぞましい空気。そしておぞましいシルエット。
シルエットの瞳がこれ以上無いほど眩しい光を放った後、強い衝撃が後頭部を襲った。

ドスン!

「…ちゃん…いちゃん…」

 ………誰だ……?

「おにいちゃんっ!」

「タッ、ターニア!」

 やっと目を開けた瞬間、呼びかけた少女はほっとして胸を撫で下ろす。
心配そうに顔をのぞかせて

「寝ていてベッドから落ちたのよ。大丈夫?」

「あ…なんだ…今のは…夢か?」

 この青年の名前はウィル。
痛そうに頭を抱えながら先ほどの夢の映像を思い返していた。
あの夢は一体なんだったんだろう。何処かで見たことがあるような……。
あのおぞましいシルエット。おぞましい瞳。
…怖い…

「…ほんとにおっちょこちょいなんだからっ」

 息をついて微笑む少女に、青年はやっと目が覚め我に返った。
そうだ、見た事が有る映像だなんて、バカバカしい。
オレはずっとこのライフコッドで妹のターニアと一緒に暮らしてきたじゃないか。
この村から出た事もないオレがあんな夢を見るなんて…。
空腹をそそるような匂いが考えを遮る。
隣の部屋にはターニアが作った食欲をそそるような朝食が用意してあった。

「ねぇ、お兄ちゃん。食べ終わったら村長さんの所に行ってきてね。なんでも、お兄ちゃんに頼みたい事があるんだって」

「えぇー、めんどくさいなぁ…」

 ウィルの妹のターニアはいつものように仕方なさそうに笑った。

「仕方ないでしょ。ほら、テキパキ食べて」

「ふーい」

 兄より妹の方がしっかりしている。
器量よし、料理上手し、しっかり者。言うこと無しの妹だ。
それだけにターニアに好意を持っている若者も少なくない。
ウィルにとってはその辺が唯一の悩みの種なのだが。




 朝食を食べ終えた後、ターニアに急かされ身支度をして家を出た。
眩いばかりの朝日がウィルのまぶたを差す。

だんだんと目が慣れてくると、視界中に青い空と緑の深い山々が広がった。

見渡す限り青い空の広がる村”ライフコッド”
高い山の山頂付近にあるこの村は林業を営む人々が集った集落だった。
雄大と言うよりは険しい大自然に囲まれている村。
一番近くの町に行くだけでも、わざわざ険しい山を下りて行かなくてはいけない大変不便な場所だ。
田舎と言ってしまえばそれまでだが、住んでいる人々はとてもいい人達ばかりだ。

ウィルは道行く村人に挨拶を交わしながら、小高い丘に建っている瓦葺きの家の扉をノックした。
しばらくすると中から白髪混じりの老人が出てくる。

「おお、ウィル。待っておったぞ」

 村長は快く迎え入れて、ウィルを客室のソファに座らせた。
村長も向かいに座って、真正面のウィルを見つめる。

「ウィル、年に一度の村祭りに精霊の冠がいるのは知っておるじゃろう?」

「ええ、まぁ」

 嬉しそうな顔で頷く。
精霊の冠。
村祭りのメイン、精霊の行進の時に用いられる大事な道具の事だ。
麓の町シェーナで売っている、貴重な草花で作られた冠だ。

今年はその行進の大役、精霊の使いを演じるのが妹のターニアなのだ。
忘れるはずがない。

「そこでじゃ。お前に山を下りて、精霊の冠を買ってきて欲しいのじゃ」

「…は?」

 ウィルは思わず硬直した。
自慢じゃ無いが、ウィルは生まれて一度もこの村から出た事が無かった。
その上、険しい山を下りると言う事は危険が伴う。
町に行ける事は嬉しかったが正直気乗りはしない。

ウィルは昔からこの仕事を担当していたという元戦士の頑固な老人が
最近ぎっくり腰になったという噂を思い出した。

「この『大きな袋』を持っていってくれ。村の特産品の絹織物と木彫り細工が入っている。麓の町で高く買い取って貰えるのは知っておるじゃろう?それを売って金にして冠を買ってくれ。ああ、それから…」

 不安そうな面もちのウィルに気付いたのか

「今年はターニアちゃんが精霊の使いをやるんじゃろう?も・ち・ろ・ん…行ってくれるよな?」

 そうだ!!なんてったって、可愛い妹の為じゃないか!!
ウィルは急にいきり立って、受け取った大きな袋を背中に掲げた。

「行って来ます、村長!」

 キリっとしたかと思うと、鼻息を荒くしながら意気揚々と立ち上がった。

「まぁ待て!ちゃんと準備はしていくんだぞ!山には魔物や気の立っている動物も多い。存分に気を付けてな!」

「はい!分かってますよ!」

 振り返ってそれだけ言うと早速出て行った。

「ふぅ…あいつが単純で助かった…」

 ウィルが居なくなった所で思わず本音を口にする。
最近、普段は滅多に暴れない魔物までが凶暴化してきて、
山を降りられる若者が少なくなってきた。
窓の外から大きな袋を掲げた青年を見送る。

…不吉な事の前触れで無ければ良いが…




「すごいっ、お兄ちゃん!そんな大役頼まれるなんて!!」

「ふっふ、ターニアの為だからな。じゃあオレは早速山を降りて冠を買ってくるぜ!」

 道具袋にありったけの薬草を詰め込んで遠出用のブーツを履いた。

「念のため毒消し草や聖水も道具屋で買って行って!あと、教会でお祈りも忘れないでね!」

「ああ、そうだな」

 ターニアは思いついたように、隣の部屋へ行く。そして小さな包み袋をウィルに寄越した。

「これ、お弁当。朝食の残りでごめんね」

 申し訳なさそうな笑顔。

「気をつけてねっお兄ちゃーんっ!」

 村を降りるまでターニアの声が聞こえてきた。
いつも思うことなのだがオレは本当に、いい妹をもったなぁ…。
そんなターニアの為にもとびっきりの精霊の冠を持って帰らなきゃな。
気合いを入れ直し、ウィルは足早に山を下りた。




初めての外の世界
初めての魔物との戦い
初めての賑やかな町
そして、信じられない体験…。

山を下りてから、街に出て精霊の冠を作ってもらうまでの間。
時間にすれば数時間ぐらいだったであろう。
ウィルの知っている常識を覆す出来事が次々と起こった。
心身共に疲れ果てたウィルはようやく村に帰ると、その平凡さを改めて幸福に感じた。

「なっ、なんと!それは本当なのか!?」

 村長に精霊の冠を渡した所で一息つきに酒場に寄る。
去年まで冠を買ってきていた元戦士の老人がウィルを見つけてハッパを掛けてくる。
しかし逆にウィルの体験談に度肝を抜かれていた。

「本当ですよ。大地にポッカリと大穴が開いていて、オレ、冠職人さんを助けようとしてそこに落っこちちゃったんです。死ぬと思ったけど、不思議と怪我もせずにすんなり地面に着地出来て。穴の底だと思ってた場所にはここと同じように青い空や見渡すほどの大地が広がってた…でもオレの姿はその世界の人間には見えなかった…」

 訝しげな目で老人はウィルを見回した。さすがにこんな話、信じろと言う方が無理かも知れない。
地面に開いた大きな穴。その穴の底には、ここと全く同じ大地。
神話に出てくる”地底世界。暗い空にゴツゴツした岩ばかりの大地”とは全く異なる世界だ。
その話を聞いていたのだろうか村で有名な物知り老人が、目を丸くして口を挟んだ。

「ま、まさか、それは…幻の大地じゃないのか…!?」

「まぼろしの、だいち…?」

 ウィルは聞いた事も無い言葉に腕組みをして首を傾げる。

「ああそうじゃ、わしも話に聞いたことがあるだけで実際に見たことはないんじゃが…。
この世界の他にもうひとつ全く同じ世界が存在していて、それを幻の大地と呼ぶらしい」

「全く同じ世界…!?」

 その老人の話が本当なら、先ほど自分が見てきた物は
”幻の大地”と言う物に他ならない気がしてきた。ぶるぶるっと体が震える。
それは興奮から来たものだった。
再び口を開こうとして、遮るように自分を呼ぶ声が聞こえる。

「ウィル!ランドが呼んでるわよっ」

 酒場に入って来たのはウィルと同じ年頃の少女、ジュディだった。
まだその話の続きが気になったのだが強引なジュディに連れて行かれ
ウィルは酒場を後にするしかなかった。





 年に一度、村人が待ち望んでやまなかった村祭りが始まった。
色とりどりの花火が空を彩って、滅多に味わえない御馳走や
綺麗な衣服を身に纏った女性が目を彩る。

そんな村祭りも山場に差し掛かった時に、精霊の使いの行進が始まった。
狭い村の通りに村の人々が道を作る。
たいまつをもった村長が、精霊の使いが丘の上から歩いてきた。

「ターニアちゃーんっ!キレイだよーっ!」

 真っ白な衣装を身に纏い、緑で彩られた精霊の冠を頭に乗せたターニアが
村人たちの目の前をたおやかに歩く。
たいまつの光に照らされたターニアの顔はとても綺麗で
ウィルは自分の妹ながらうっとりしてしまった。
この役は村の若い娘しか出来ないらしく、また何度も言うが
今年はウィルの妹のターニアが白羽の矢を受けたのだ。

「ターニアちゃーんっ!!」

 先ほどから横でうるさいのはランドと言う酒場の息子。
ターニアに昔から惚れ込んでいるようで迷惑な話だった。
先ほどもこの事で呼ばれたのだ。なんでも今夜、ターニアに交際を申し込むとか

村長とターニアは人々が作った道を通って、村の中心に建てられた教会に入っていった。

「何つれない顔してるんだよ、ア・ニ・キ!
さっ、精霊の使いが教会に入ったぜオレらも行こうぜ」

 ランドはウィルを兄貴呼ばわりして、強引に腕を引っ張っていく。
こいつにだけは、ターニアは渡すまい。ウィルはそう心に固く決めた。

バタン。

教会に入るとすでに精霊の儀式は始まっていた。
この儀式は精霊の使いが冠を山の精霊様の像に捧げて
一年間の村の幸福を願うと言うものである。

「さぁ…精霊の使いよ…冠を…」

 神父様の言葉に、ターニアはコクンと頷く。
そして、何かを呟きながら、かぶっていた冠を山の精霊様を
形取った石像に捧げた。

「今年も村を…お守り下さい………」

 そう呟いた後、またたおやかに歩き出す。
他の村人達は皆、立ち上がったまま黙祷している。ウィルたちも例外ではない。

ターニアは村人の前を横切っていく。そしてウィルの前を通り過ぎようとして…

『…ル…ウィル……』

「……?」

 自分を呼ぶ声が聞こえた。
思わず黙祷を止め、目を開けてしまった。
自分を呼んでいたのは目の前で立ちすくむ妹だった。

「…ターニア…?」

 じゃ…ない…。確かにターニアのはずなのに、身に纏う雰囲気がまるで違う。

『私の声が聞こえますね。ウィル…。あなたは不思議な運命を背負い、生まれてきた者。やがて世界を闇が覆うとき、あなたの力が必要となるでしょう…』

「オレの…力…?」

 その声は、心に直接語りかけているようだった。

『旅立つのです。全てを解き明かす為に…時が来る前に、閉ざされた謎を…。そして、あなたの本当の姿を……』

「ちょっと待ってくれよ!!一体何なん…!?」

 声を張り上げたとたん、ハっと我に返る。ターニアもまた。
回りは目を丸くして

「どうしたんだよ、ウィルもターニアちゃんもぼーっとしちゃって…」

 村人たちは怪訝な顔で二人を見つめた。どうやらあの声は、他の皆には聞こえていないらしい。
ターニアにも…?

「あ……すいません…」

 精霊の使いのターニアと村長は村人たちの前全てを通り過ぎると外に出ていった。
村人達も後を追って外に出ていく。
だがウィルはその場に立ちすくんだまま動けなかった。
何が起こったのかも分からない、だが、聞こえてきた声だけはハッキリと覚えていた。

自分の謎と世界の謎を解き明かせと言った、あの不思議な声。
そして…ふと見えた、心の中の美しい女性。
一体何がどうなってるんだ!?

「ウィル」

 一人立ちつくしているウィルに、教会の神父が声を掛けてきた。

「私にも、あの声が聞こえたよ。信じがたいことだが、自分の謎と、世界の謎を解け・・・と」

「なっ…なんでオレなんですか!?オレは普通の…ただの村人なんですよ!生まれてずっとこの村で平凡に暮らしてきて、オレは何も知らない、何も分からない…!」

 その時、あの声をなんとなく聞いた気がして、ウィルは耳を塞いだ。

「ウィル…辛いかもしれんが私にも感じる…お前の運命を…お前には何かが有る。この世界を変えてしまうほどの何かがな」

 神父様がポンと肩を叩いた。

「違います!オレはそんな人間じゃ…」

 フっと心にまた、違う物が思い浮かんだ。
それはウィルの意識を瞬く間に占領していく。
見たこともない景色に、人物。怖くなって頭を振るとそれはスっと消えていった。

「ウィル…君は本当にこの村でこれからも、この先も暮らしていくのかい?それが本当に君のなすべき事かい?」

 穏やかに神父は尋ねる。

心が何故だか、ざわめいた。
何かを忘れている気がする。誰かが待っている気がする。

今朝のおぞましい”夢”
信じがたい”幻の大地”
先ほど脳裏をよぎった”逞しい男と美しい女性”
そして”優しそうな夫婦とターニアと同じ年頃の少女”

何一つハッキリとは分からない。
だが、ひとつだけ分かった事がある。
そう、自分はここで立ち止まっていてはいけない。恐ろしくても歩かなくちゃいけない。
心の中の何かが強くウィルを突き動かした。

外に出ると軽やかに流れる音楽とそれにつられて楽しそうに踊る人々が目に飛び込んできた。盛大な花火はウィルの旅立ちを祝福してくれているようだった。

一年に一度の村の祭りに、人々は酔いしれ、踊りを楽しんでいる。

いつもなら自分もその中の一人になっているのだが
先ほどの事もあってどうしてもそんな気分になれない。
しばらくぼーっとその光景を眺めた後、家路へと足を運んだ。

「おかえりなさい、お兄ちゃん」

 精霊の使いの役を終えたターニアが、いつものように出迎えてくれる。
ウィルが旅に出たくない理由の大半を占めている可愛い妹。
一人で残すのは不安だ。
ランドに、どんな誘惑を受けるか…。

「もう寝た方が良いよ。明日…旅立つんでしょ?」

 ウィルは弾かれたように、振り向いた。
久々に見るターニアの悲しそうな顔、だがすぐに笑顔に戻った。

「さっき、神父様が家に来たの。その時に、お兄ちゃんのこと、知らせてくれて…。ほんとはね…私にも、不思議な声が聞こえたの…。世界の謎、だって、ふふ、凄いねお兄ちゃん!」

 いつもと同じ口調で話す妹にまた胸が痛んだ。

「今までずっと、側に居てくれて有り難う。お兄ちゃんと同じように私も独り立ちしなきゃねこのままじゃいけないって私もずっと思ってたんだ。お兄ちゃんには、やらなきゃいけない事があったんだって…」

 普段、あまり自分から話さないターニア。饒舌は悲しさを隠す手段に思えた。

「でも…疲れた時にはいつでもここに帰ってきてね」

 ターニアは潤んだ瞳でそれだけを言うと、自分の部屋へと戻っていった。

「ターニア…ゴメン…」

 切ない気持ちを吐き出すように、ウィルは強く呟いた。





「どうしたの?眠れないの?」

 夜空を見上げながら昔の事を思い出していたウィルが声に気付いて振り向いた。
家から出てきた金髪の美しい女性だった。

「まだ起きてたのか?」

「あなたこそ」

 そう返して、隣に並ぶ。

「色々考えてたら、眠れなくなっちゃってさ…昔の事…思い出してたんだ」

「そうなの…。旅だってもうずいぶん経つものね」

 女性も同じように故郷に思いを馳せているのか、懐かしそうな顔で夜空を見上げた。

「だよな…まさかここまで長い旅になるとは思わなかったよ。旅だってすぐはどうしようもなく不安で、どうしてこんな旅に出たんだろうって何度も考えたりしてさ…」

 つい、今まで思っていた事を吐露してしまった。

「あっ、ごめん。だからって言って、度に出た事を後悔してるわけじゃないんだ」

 気まずい空気を感じて慌てて首を振ると、女性は少し笑った。

「…精霊ルビスのお導きがあったのも有るけど…私もハッサンも、バーバラも、チャモロもあなたに惹かれて旅を続ける事が出来たのよ。何故かしらね、こんなに頼りなさそうなリーダーなのに」

「なっ…ミレーユ!」

 空気を払しょくするように冗談を言ったのだろうか。
ミレーユはウィルよりも少し年上の女性で、大人びた瞳に挑戦的な光を踊らせていた。
その瞳と目が合う度、ウィルはドキリとしてしまう。

「ウフフ。冗談よ、冗談。魔王をうち破った、伝説の勇者なんだから!でも、あまり夜風に当たると風邪引いちゃうからそろそろ戻った方が良いわよ?勇者様が風邪引くなんて、格好悪いもの」

 くすっと笑って、ミレーユは家へ戻っていった。
バーバラの影響なのか、最近ミレーユはウィルを驚かす冗談が多くなってきた気がする。
その言葉を聞いた途端、ぶるっと寒気が走って、足の向きを変えた。

そして最後にもう一度夜空を見上げる。

村のみんなも、ターニアもこの夜空の下に居るんだろうか。
そう、あそこが”夢の世界”だとしても
そしてここが、”幻の大地”と言う現実だとしても

空は繋がっている事を信じて、望郷の念を抱いた。





 ライフコッドと同じように、連なった山脈から太陽が顔を出した。
窓を開けると、風が海や大地や緑の匂いを運ぶ。
ウィルは身支度を済ませると、皆の待つ一階へと足を運んだ。

「ウィルーっ!おっそーいっ!」

 赤毛の小さな少女、バーバラが真っ先にウィルを迎えてくれる。
長い睫とぱっちりとした瞳が印象的な小柄な可愛らしい少女だ。

「なんだぁ、早起きしようって言ったのはお前の方じゃなかったか?ばぁさんの占い、もう始まってるぜ」

 大柄な武闘家ハッサンが茶化しながら、声を掛けてくれた。
袈裟を着た僧侶の少年、チャモロに金髪の女性ミレーユも暖かく迎えてくれて
開いていたイスを勧めてくれる。
そうして皆がテーブルにつくと、よれよれの三角帽子を被った老女が水晶玉に手を当てて祈りだした。

「…魔王ムドーを倒して、封印は解かれたようだね。”夢の世界”に力の源、ダーマ神殿が復活した。力や魔力を高めてくれる神殿じゃ。きっとおぬしたちの力になるだろう」

「ありがとうございます。マダム・グランマーズ!」

 ウィルの言葉に、老女は舌打ちして

「礼を言うのはまだ早いよ。封印は一つじゃない。”夢の世界”の力の源はまだあと3つ大魔王の手の内にある。メダル王の城、魔法都市カルベローナ、そして夢の世界を統べるゼニスの城がね…」

「うへぇ、考えると嫌気がさすな。あんな魔物とあと3回も戦うのかよ」

 露骨に嫌な顔をするハッサン。

「なんだい、だらしがないね!それでも精霊ルビスに選ばれた勇者たちかい!?」

 グランマーズはさっと立ち上がって水晶玉をしまおうとすると、再びハッサンが声を上げた。

「な、な、ばぁさん。今度はオレの未来でも占ってくれないか?立派な武道家になってるか?大工になるのは勘弁だけど、綺麗な嫁さん貰えるなら……」

 斜めに座るミレーユに鼻を伸ばすが

「かーーーーつっ!」

 グランマーズの一喝にひっくり返ってしまった。

「なっなんだよっ!そんなに怒らなくてもよぉ!」

「バカタレ!!神聖な占いをそんなくだらない事に使えるか!!それにわしは…必要な時以外、占いはようせんわ」

「………?」

 皆は不思議そうに顔を見合わせる。占いを生業とする占い師から出る言葉では無かった。

「占いは時に人の運命さえも決めてしまう。それが吉であれ凶であれ、なんらかの影響を及ぼす。わしはそれが怖いんじゃ…」

「おばあちゃん…」

「さっ!もういっとくれ!この老体にゃお前たちの子守は堪えるんだよ!」

 さっさと手を振って男性陣を部屋から放り出す。
ミレーユは幼少の頃から世話になったグランマーズに名残惜しそうに別れを告げた。

「ミレーユ…頼むよ。あやつらを、正しい道へと導いておくれ…」

 扉の外で旅支度を整える3人を尻目に、ミレーユの手をぎゅっと握りしめた。

「はい。おばあちゃんの代わりをきっと努めてみせるから…」

 ミレーユも頷いて、手を握り返す。

「夢の世界はほぼ魔王に奪われ、世界を見通せる事も出来なくなった。残ったルビスの微かな力で導かれたお前たちだけが希望の光なんだよ…」

「はい、きっと…夢の世界を救い…大魔王を討ちます」

 エメラルドの瞳の奥には、確かな決意がチリチリと燃えていた。



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