22. 理性の種 いつも決まった時間に男は目が覚めた。そしていつも決まった時間にヒゲをそり、いつも決まった時間に朝食を食べる。いつも見慣れた人影が無いことを知ると、家の外に出て人影を探した。 「シスター・アン」 家のすぐ近くの教会で朝の仕事をしていたシスターに声をかける。 向こうは気付くとにっこりと微笑み 「どうしたんですか?アモスさん」 「えっと、ユナの姿が見えないんだけど…何処に行ったか知りませんか?」 シスターは首を傾げ 「ユナさんですか?今日はまだ見てませんけど」 「そうですか…何処に行ったのかな…?」 シスターはアモスが帰った後で、ふと昨日のユナと町長のやりとりを思い出し、はっとした。 「もしかして…ユナさん…」 慌てて町長の家に駆け込む。予感は、当たっていた。 理性の種が有ると言う北の山。モンストルから北に馬車を走らせて小一時間ほどで到着出来た。 この辺りでは一番大きな山で、山頂にだけちょこんと姿を見せる緑がなんだか可愛らしく見えた。しかし麓まで来ると緑や草木はまったくと言って良いほど生えておらず、見上げれば見上げるほどごつごつした岩が続くばかりだった。 「ひえー、すげえ所だなぁ…これ…登れるのか?」 そびえる山を目の辺りにして、ハッサンが息を飲んだ。 「町長さんの話だと、昔は結構、この山に登る人がいたって話だから…大丈夫だと思うけど…」 「はぁ…相変わらず安請け合いするんだからよ…お前は」 人ごとのような言い回しのウィルに、ハッサンが息を吐いた。 「そこがウィルの良いところなのよっ!ま、いいじゃない!人助け、街助け!あの街をあのままにしてはおけないわ」 半ばウィルの味方であるバーバラに何も言い返せない。 ミレーユを馬車に残して、ウィル、バーバラ、ハッサン、チャモロは足場の悪い山を登り始めた。 幸いにも山頂へと続く道は確保されてあったが、長い間整備されていないせいか、崖崩れや落石などが所々道を阻んでいた。山登りは慣れているウィルたちではあったが、足場の悪い山道での戦闘はいくらやっても慣れるものではない。 空から不意打ちしてくる魔物や岩陰から飛び出してくる魔物に苦戦しながらも、なんとか頂上を目指した。 「オイ、あれ…あそこ…!人じゃないか…?」 目の良いハッサンが日差しをさけるように額に手をかざして目を細めた。指を指したその先には、確かに見覚えのある姿。青いマントを翻して、襲ってきた魔物をたった一人で相手している。 「あれ、昨日の女の子だよ!」 バーバラも声をあげた。軽い身のこなしで魔物の攻撃を次々とかわすバランスを失った魔物は山道を外れて転げ落ちてしまっていた。 「なかなかやるじゃねぇかあいつ!」 ハッサンが呟くと同時にバーバラは何の警戒も無しにその少女のもとに駆け寄った。 「ねぇ、あなたも理性の種を取りに来たんでしょ?私たちと一緒に探さない?大勢の方が早く見つかると思うし」 笑顔で手を差し出すバーバラ。少女は困惑した瞳を向けて、何かを言いかけようとしたが無言で背を向けた。 「……アモスを助けるのはオレだから…」 とだけ言い残してさっさと山道を登っていった。 「なーによ、やな感じ」 ぷんぷんとバーバラは頬を膨らませる。 「まぁ、オレたちはよそ者だから。自分でなんとかしたいって気持ちも分かる気がするよ」 チャモロもウィルと同意見なのか頷いた。 「それにしても、こんな山の中で一人は危険じゃないかしら?バーバラの言った通り一緒に探索した方が良いんじゃ…」 「それもそうかもしんねーな!ここの魔物は案外手強い。うっかり足を滑らせてってのも怖いしな。次見つけたら無理やりにでも連れて行こうぜ!」 ハッサンは鼻息を荒くして腕まくりをした。 山を登り始めて数時間ほど経ったであろうか。太陽が大分高くなってきて暑さとともに皆の体力を奪っていく。荒い呼吸をする仲間も目立ってきていた。 「ね…ねぇ……まだ頂上にはつかないの……?」 足場の悪さや魔物との戦闘にやっと少し慣れて来たものの、山の空気の薄さと険しさに、バーバラはついには座り込んでしまった。 「わ、私も…ちょっと山には慣れて無いもので……」 チャモロも杖を支えにしてその場に立ち止まってしまう。ハッサンは肩を竦ませて 「なんだよー、だらしねえやつらだなー、そんな調子だったらおいてくぞ」 「ちょ…ちょっと待ってよぉ…休憩くらいしたっていいでしょ…っ」 「ピッキィィイイイイ!」 青い物体が叫びながら目に飛び込んできた。 それは紛れもなく魔物のスライム。なぜこんなところにスライムが居るのか?と考える間もなくそのスライムはウィルたちの目の前に来るとピョンピョン飛び跳ねた。 一瞬身構えたが、スライムは襲ってくる様子もなく、ただ叫びながら飛び跳ねるだけだった。 「なんだよこのスライム、襲ってこないのか?」 スライムは頷くように体を上下させると、ついてこい!と言わんばかりにこちらに目を向けて跳ねた。 「ピキイイイイ!ピキキイイっ!」 「…もしかしてついてこいって言ってるのかしら」 また頷いて、勢いよく走りだすスライム。ウィルたちは仕方が無しに小さな魔物の後を追った。 山道を登り、二手に分かれた道を左に進む。 ゴツゴツした山道は更に足場が悪くなっていたが、スライムは反動を付けて大きな岩も飛び越えた。 岩を掻き分け進んだ先に、あの、先ほどの少女が倒れていた。 チャモロが慌てて駆け寄る。状態を確認してほっと息をついた。 「気を失ってるだけです、大丈夫」 「……っは〜〜〜〜、ビックリしたぜ…」 嫌な予感が当たらなくて皆一様に胸を撫で下ろした。倒れ方と、複数の痣を見るに恐らく滑落したのだろう。チャモロとミレーユがホイミをかけると、痣や切り傷もみるみる良くなった。 「だから言ったのに…しゃあねえな!」 ハッサンが少女を背に担いだ。 「ここに置いておくわけにゃいかねえだろ?なぁ、ウィル」 「そうだな、連れて行く方が安全だろう」 「……う……」 体全体で感じる振動にユナは目が覚めた。 「良かった、気がついたのね」 何処かで見たことのある女性が顔をのぞき込んでくる。驚いたユナは慌てて上半身を起こして辺りを見回した。 そこは白い幌で包まれた恐らくは馬車の中。周りにはポニーテールをした可愛らしい少女に、眼鏡を掛けた幼い少年、腕を組んでいる逞しい体の大男。 「あなた、滑落して気絶してたのよ。良かったわね、私たちがいて」 「え…っ!そうだったのか…ゴメン……!迷惑かけたみたいだな……ありがとう…恩に着るよ!」 素直に謝るユナに、わざと意地悪く言ったバーバラは面くってしまった。 思っていたより性格の悪い娘では無かったらしい。 「あ、そうだ。理性の種…は……?」 まだ少し痛む頭を押さえながらユナはバーバラに尋ねた。 と、同時に飛んでくる道具袋。それを受け取ると怪訝な目でバーバラを見る。 「あんたにあげるわ」 その突拍子もない彼女の言葉に驚いたのはユナだけでは無かった。 「オッ、オイ!バーバラ!?」 ハッサンが叫ぶ。バーバラはそんなハッサンに動じずに、ニッコリと微笑みかけた。 「アモスさんを助けてあげたいんでしょ?」 その問いに、ユナは思わず頷いた。頷いてしまって、慌てて顔を俯かせた。 種の入っている道具袋を握りしめたまま、ユナは恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまった。 自分がアモスを助けると意気込んで言いつけも守らず山に登って、よそ者を毛嫌いして、挙句、助けられてしまうなんて──── その上、苦労して摂ってきた理性の種まで… ちらりと、バーバラの顔を見やる。目が合うと、彼女はにっこりと笑った。 「……ありが……とう……」 感謝の念を深く心に抱いて、ユナは頭を下げた。 「ユナさん!」 街の門の前で待ちかまえていたシスター・アンがユナの姿を見つけた途端に駆け寄った。もう既に日は傾きかけていた。 「北の山に向かったんですね!どうして!?町長さんからあれだけ念を押されていたでしょう!?」 「ゴメン!シスター・アン!でも、ほらっ」 まくし立てて怒るシスター・アンにユナは満面の笑みを見せて、小さな道具袋を見せた。 「理性の種……見つけたんだよっ」 「……えっ!」 ユナの後ろから来たウィルたちもシスターの驚きと喜びが混じっているような顔を見ながら頷いた。シスターはユナを怒る事も忘れて、慌ててアモスの家へと駆け込んだ。 「アモスさん!」 バン!勢いよく家のドアを開ける。そこにはアモスの他に町長もいた。 「シスター・アン。どうしたんですか?そんなに慌てて……。ユナが見つかったんですか?」 「え……ええ」 そう言えばユナを探してくれとアモスに頼まれた事を思い出し、一応頷いてみせる。シスターの後ろにユナがいることに気付き 「ユナッ!何処に行ってたんだよ!心配しただろ!」 「あっ、ゴ、ゴメン!ちょ、ちょっとな……」 怒鳴るアモスを町長は制止して 「まぁまぁいいではないかアモス殿。ユナも子供では無いんだ、色々と事情があるんじゃろう」 まだ何か言いたげなアモスをシスター・アンに任せ、こっそりとユナに耳打ちする。 「北の山に向かったんじゃろう?良く無事で帰ってきた」 その言葉を聞くと、少し照れた笑いをしてみせ、マントの内ポケットから道具袋をとりだした。 「町長、コレ……」 道具袋の中に入っていたのは、奇妙な形をしている植物の種だった。 「これは、理性の種ではないか…!御咎めは後にして、早速これをすりつぶしてアモスに飲ませるんじゃ」 御咎めという言葉が気になったが、今はそうも言ってられない。アモスに気付かれないようにユナはこっそりとキッチンに入り種だと分からないくらいにすり鉢ですり潰し、水を注いだ。 体に健康そうな薬草独特の匂いがする。コップに注ぎ、それをアモスに手渡した。 「アモス、これ飲んでみて」 「……うん?なんだいこれ?」 怪訝な顔で見つめてくるアモス。 「えっと、そう!そう!体に良い草が生えてたからジュースにしてみたんだよ!きっと、怪我もすぐ良くなるぜ!」 「体に良い草……?」 怪訝な顔を崩さないアモス。 その場の皆はユナの言い回しに絶望したが、村長が上手く取り繕ってくれた。 「私がユナに教えた自然治癒力を高めてくれる薬草の事じゃよ。アモス殿の怪我もすぐによくなりますぞ」 「そ、そうですか……で、では……」 町長の言葉を疑うわけにもいかず、思い切って喉の奥に流し込んだ。 「どう?アモス?」 「うん、何だか気分がスッキリしたみたいだ」 そんなに早く効き目が現れるはずがないのだが、ユナの心配げな言葉に一応返して見せた。 ……が。 急に体が熱くなった。心臓が今までに無いほど早く打ち出す。激しい体の変化に、青い顔で椅子から立ち上がり胸を押さえた。 胸から沸き上がってくる……この感覚は一体……? 「どうしました?アモスさん」 シスターが慌ててアモスを支える…が ドクン! とアモスの体が脈打ってその衝撃で振り払われてしまった。 アモスの体が段々と変化する。口には鋭い牙が生え、手や顔に堅い鱗が現れる、頭には角がめきめきと姿を現していった。 「きゃぁっ!」 「こ、これは……一体……!」 予想外の展開にウィルたちも腰を抜かしてしまう。変身していくアモスがついには天井を突き破らんとした時 「アモスさん!!」 シスター・アンが悲痛の叫びをあげた。その声に体の変化がピタリと止まる。魔物の悲しい目がシスター・アンを捕らえた。シスター・アンは恐ろしい瞳に目を背けようとせず、ただじっと懇願の眼差しで見つめていた。 魔物の声ならざる声が響くと、先ほどの変身を巻き戻して見ているかのようで、周りの皆は立ちつくしたまま動けなかった。 アモスは、人間に戻るとぺたんとしりもちをついた。 「そうか、全部、全部分かったよ……ずっと何かおかしいと感じていた……このせいだったんだな…やっぱり私は……」 顔を押さえていた両手を掲げ、自分の体であることを確かめた。 「……やっぱりって……」 ユナは奇妙な言葉に不意を突かれる。 「街を襲った魔物と戦って以来、実は妙な夢を見ていた……。自分が恐ろしい魔物になって町中を歩いている夢さ……とてつもなくリアルで、目覚めた時のだるさもあった。……あれは……夢じゃなく現実だったんだな………」 アモスの胸中を察して、皆は一様に押し黙ってしまった。 ユナは頭を下げて小さく呟いた。 「……ゴメン、黙ってて…」 「いや……私に気を遣ってくれていたんだろう?私は今までずいぶんと町の人たちに迷惑をかけていたんだな……」 「そんな事ありませんっ!」 弾かれたようにシスター・アンが叫んだ。アモスに駆け寄るとその手をぎゅっと握りしめる。 「そんな事ありませんから……!迷惑なんてしていません!みんな、アモスさんに感謝しているんですよ!たとえどんな姿になろうとアモスさんはアモスさんです!街の皆もきっとそう思ってるはずです!!」 「シスター・アン……」 彼女の心遣いに本当に感謝しながら、手を彼女の手の上にそえた。 「大丈夫ですよ、変身は自分で制御出来るようにしてみせます!もう……決して魔物になんかなったりしません……。後で町の人たちに謝りに行って来ます」 「アモスさん……」 見つめ合う二人に町長とユナは顔を見合わせ微笑んだ。 「ありがとう、ユナ。その薬、お前が用意してくれたんだろう?」 アモスはやっと立ち上がって問いかけた。ユナはブンブンと首を振って 「そこにいるウィルたちが、体を張って北の山から採ってきてくれたんだ。礼ならウィルたちに言ってよ」 一様に驚く皆に、ユナは首を振った。 「見ず知らずの私のために、本当にありがとうございました!」 アモスは深々と頭を下げた。シスター・アン、町長、ユナも同様に。 「いや……オレたちは……」 頭を掻くウィル。町長はもうすでに準備していたのだろうか、報酬のゴールドを半ば無理やり手渡した。そのようなやり取りが一通り終わった後 「ウィルさんたちさえよろしかったら、家で夕飯でもどうですか?家庭料理で申し訳ないですが、御馳走しますよ!」 「それいいなっ!アモスの作るご飯、ほんっとうにおいしいんだぜっ!」 ユナは初めて、ウィルたちに心からの笑顔を見せた。 「おおっホントにうまそうだ!!」 運ばれてくる料理にハッサンは舌なめずりをした。食欲を刺激される匂いにごくりと喉がなる。ユナは自分が作ったわけでもないのに自慢げに料理を運んできた。 「ありふれた料理で申し訳ないのですが、腕を奮いました。どうぞ遠慮無く召し上がって下さい」 アモスの食事の合図を見計らって、ハッサンが皿のなかの物を一気に口に押し込んだ。 「うんっめー!」 ウィルたちも続いて料理を口に運んでいく。 「おいしーい!!」 ハッサン、バーバラに続いて皆も舌鼓をうった。確かにアモスの料理の腕は相当なものだった。 「なっ、なっ?アモスの料理、美味しいだろっ?」 無言で料理にがっついているハッサンにユナが執拗に尋ねた。ハッサンはやっと料理から興味を逸らして 「お前、アモスの看病してるんだろ?病人に料理させても良いのかよ?」 まさかそんな答えが返ってくると思わずユナは口ごもる。 「オ、オレだってちょっとくらい手伝ってるよ!」 食材を採ってきたり、食器を運んだり……ぐらいだけど。と心の中で付け足す。 「良いんですよ、私は料理を作る事が趣味なんですから。他の事は殆どユナがやってくれますし、本当に助かってます」 そんなユナにアモスが助け船を出してくれる。 「アモスが作った方が遙かに美味しいんだから、いいだろ、もう」 とだけ言って、もう無くなった自分の皿に再び料理を入れた。 食事も終わり、ウィルたちとユナ、アモスは話に花を咲かせていた。宿に戻ると言ったウィルたちをアモスが半ば無理やり引き留めた形だった。 「そういえばアタシ聞きたかったんだけど…」 もうすっかりユナと意気投合したバーバラがふいにそんな事を投げかけた。 「アモスさんとユナってどういう関係なの?恋人にしては歳が離れすぎてるけど…」 「なっ!なに言ってんだよ!そんなんじゃねえよ!」 つい大きな声になってしまったのは、シスター・アンの事が頭を過ぎったからだった。 「なによう、そんなに怒らなくったっていいじゃない!じゃあ、兄妹とか?」 「はは、妹ですか。確かにユナみたいな妹が居れば毎日楽しそうだ」 「トラブルばっか引っ張ってきそうだけどな」 笑って答えるアモスにハッサンがそのような茶々を入れる。どうも、ユナからはトラブルの匂いがしてしまう。 アモスは話しても大丈夫か?という意味を込めて視線を送ると、ユナは頷いた。 「実はユナはこの街の人間ではないんです。私と同じように傷付いて倒れていた所をシスター・アンに助けられたんです」 「そのような気はしてました。ユナさんも、アモスさんも、同じ冒険者の匂いがします」 皆は頷いて、アモスの言葉の続きを待った。 「その後、私がこの街に流れ着いたのですが、その時にあの魔物騒ぎです。ユナも居たのでなんとか倒すことは出来たのですが、その時の事が原因で私はこんな体になってしまったんでしょうね…… 怪我をした私の看病をする為にユナが一緒に住んでくれるようになったんです。街の人のご厚意で家まで貸して頂いて……そんなこんなで一ヶ月ほど経ったでしょうか」 「一ヶ月、そんなに経つんだな……」 感慨深くユナは呟いた。 「実はな…ユナ……」 今度はユナに向けて、真剣なトーンでアモスは切り出した。 歩くときはいつも松葉杖をつきながらでないと歩けない程アモスの体にはダメージが残っているはずなのだが、今日に限って杖をつかず普通に立ち上がった。 「オレの怪我はもう治ってるんだよ」 「………っえっ!!」 まさに素っ頓狂な声をあげた。 「黙っていてすまない。ただ、オレが怪我をしている間はお前はここに居てくれるだろうと思って…」 「えっ?えっ??」 「え〜〜、やっぱり、二人は恋人同士って事??」 バーバラの言葉にアモスは首を振った。 「ユナ、お前、私の怪我が治ればまた旅立つつもりなんだろう?探している人が、居るっていってたな……?」 「……っ!…う、うん……」 「以前と比べて魔物も強くなってきている。一人旅なんて危険だ。だから、どうか……」 アモスは今度はまっすぐにウィルを見つめた。 「どうかウィルさん!ユナも…ユナも貴方たちの旅に同行させてやってはくれませんか?」 深々と頭を下げた。 「えっ…!」 「アッ、アモス…!?」 ユナも立ち上がって、アモスとウィルを交互に見回した。 「何言ってるんだよ!そんな、事出来るわけないよ!ウィルたちだって、迷惑だよ…!」 「……あたしは別にいいけどぉ〜……」 一番に賛同したのはバーバラ。 「一人増えるのもあまり変わらないしね」 「私はユナさんと話すのすごく楽しかったです!またゆっくりお話ししてみたいですよ」 「私も、良いと思うわ。きっともっと楽しい旅になるわね」 「おいおいおいおい!いいのかよ?どう見たってトラブルメーカーだぜ?」 冗談なのか、本気で言ってるのか。ハッサンだけが眉を顰めユナの頭をガシガシまさぐった。 「違うよ!トラブルが向こうから来るんだって……!ってそんなにオレの事知らないだろ」 「たいていの事は、見りゃあわかんだよ!まぁ、トラブルメーカーって事以外はオレも賛成だけどな!」 どうやら冗談の方だったらしい。ハッサンは豪快に笑った。 「って事だけど、ウィル、お前はどうする?この嬢ちゃん、パーティに加えてやるか?」 皆の視線を一身に受けたリーダーは、期待を裏切らない笑顔で答えた。 「これからよろしくな、ユナ」 夜も更け、宿泊の誘いを丁重に断りウィルたちは宿に戻る事にした。 大所帯だと言う事もあるが、このところ落ち込んでいたであろう宿の売り上げに貢献したい思いもあった。 「じゃあ、明日な!ちゃんと準備しておけよ〜!」 「ああ、ありがとう!あの…よろしくなっ!」 ユナは大きく手を振る。最後に、ミレーユが二人に挨拶すると、ユナが呼び止めた。 「あ、あの……」 「……?」 この金髪の女性とこうやって二人で話す事は初めてで、ユナは柄にもなく緊張した。 「どうしたの?」 「…お姉さん…名前は、なんていうの?」 会話に上って来なかった、金髪の美しいこの女性の名前―――――。 それが、ユナにはどうしても気になったのだ。 「ああ、自己紹介はまた明日、と思ったんだけど」 春の風を思わせるように爽やかに彼女は笑った。 「私はミレーユよ。よろしくね、ユナちゃん」 「――――――っ!」 幸いにもミレーユはユナの反応には気付かずに、笑顔で手を振ってくれた。 その後ろ姿が遠くなるにつれ、ユナの中で昔の記憶が蘇ってくる。 ミレーユ。 あの肖像画の女性。その人本人だった。 青い服の剣士が同時に記憶に浮かび上がってきた。 彼の大切な人、もしかしたらずっと探している人、 その人にまさかこんな所で、会えるなんて―――――― 「ユナ」 その声が、ユナを現実に引き戻した。アモスはユナの隣まで松葉杖無しで歩き、夜空を見上げた。 「見つかるといいな、お前の大切な人」 考えていた事を見透かされたように感じてドキリとする。動揺に気付かれないよう、頷いた。 「……うん……」 同じように夜空を見上げる。 彼は、今もこの夜空のどこかで一人過ごしているのだろうか――――。 あの日、自分は彼を本当に助ける事が出来たんだろうか――――。 「でも……会えるかどうかも……生きてるかも……わからないし……」 「きっと会えるさ!信じていればな」 「……アモスはほんと、楽観的だよな〜〜〜」 「はっはっは、お前に言われたらおしまいだけどな!」 いつも通りの、おどけたやり取り。ユナもアモスも、この空気が好きだった。 二人はやけに気が合って、兄妹が居ればこんな感じなのだろうかと思った事もあった。 「また……帰ってきてもいいか?」 ついつい寂しくなってそんな言葉が零れる。それに対して、アモスはいつも通りに返した。 「う〜〜〜ん」 「ちょっ……悩むなよ!」 そして二人は笑った。 アモスは寂しい気持ちを誤魔化すよう、ユナの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 ▼すすむ ▼もどる ▼トップ |