23. 新しい仲間 「ピッキィィィ、ピッキィィィィ」 「なになに?なんて言ってるの?」 「馬車に乗るの初めてだから嬉しいって」 「スラリンは馬車に乗った事が無いのかしら?」 「あるけど、ずっと鞄に入ってたからな〜…」 「ピッキィィィィ!」 馬車の中、ミレーユとバーバラが興味津々で一匹のスライムを覗き込んでいる。 「しっかし驚いたな。魔物や動物と話が出来るってよ!」 「そうだな、しかも気持ちが分かる…じゃなくて、言葉が分かるって…どういう原理なんだ?」 「世の中には本当に色んな方がいらっしゃるんですね…」 それは本当に驚きから出た言葉、村から出た事のないチャモロにとっては正直な気持ちだったのだろう。男性陣もただただ驚くばかりだった。 「そんなに珍しいかな?」 「珍しいわよっ、あたし今までそんな人と会った事ないわ!」 言ってしまってユナも、そういえば自分以外で魔物と話せる人間に出会ってないなと気付いた。 昔から自然と会話出来ていたので、寧ろ会話出来ない他の皆の方が不思議だった。 「さしずめ、ユナは魔物使いってとこか?」 「そうね、それもあるけど、レンジャーって言った方が近いんじゃないかしら?」 「レンジャー?」 聞き慣れないミレーユの言葉に、皆は一様に眉をひそめた。 「魔物だけじゃなく、自然や動物とも対話出来るの。それに、レンジャーは誰よりも足が速くて、逃げ足も速いって聞くわ」 「まさにユナじゃねえかそれ……」 ハッサンが真面目な顔でごくりと息を飲んだ。 「ミッミレーユさんっ!」 「ごめんなさい、でも、本当にそんな風に書物には書いてあったのよ」 普段真面目な女性がくすくすと可愛らしく笑う姿に言い返せるはずが無い。 代わりにハッサンに恨めしい目を向ける。 「わりぃわりぃ、でもかっこいいじゃないか、レンジャー?だっけ?普通の奴がなれる職業じゃねえよ!」 「…まぁ…別に良いけど……」 「まぁまぁ、逃げ足だけじゃなく、ユナは普通に強いじゃないか。短剣の二刀流も素早い相手には効果的だし…」 「ああ、構えも攻撃の流れもなかなかだったぜ。ありゃ自己流なのか?アモスさんに教えて貰ったのか?」 「―――――…」 「ユナ?」 「あっ ごめん…。剣は……教えて貰ったんだ、前に一緒に旅してた仲間に……」 「へぇ、相当な剣の手練れだったんだろうな。お前の動き見てても分かるぜ」 「うん……毎朝一緒に練習に付き合ってくれた……めちゃくちゃ厳しかったけど……」 青い服を着た剣士の影が、心の中を過ぎって行く。 自分の剣を振る時間だって大事だろうに、彼はいつもユナに剣を教えてくれた。ユナ自身は強くなっているのかどうか分からなかったが、こうやって他人に言われると実感する。 過去の事を思い出して胸がすいた。 彼は、ちゃんと生きているのだろうか―――いつか、会えるのだろうか―――。 「じゃあ、あの背負ってる大剣はなんなんだ?そいつも使うのか?」 ユナは我に返って、背中の大剣を見やった。 「ああ、これは……」 短剣を手にしてからユナは大剣を抜く機会が少なくなった。 だが、肌身離さず大剣を持っていてそれはユナのちっぽけな誓いでもあった。 「絶体絶命の時に抜くやつだから」 「……なんだよそりゃあ」 その誓いを青い剣士の思い出と共に心の中にしまう。 感傷に浸る間もなく今度はバーバラが喋り出した。 寝食を何度か共にした程度で、ユナはすぐに仲間とうち解けた。 優しいウィルにはバーバラの悪戯に愚痴をもらしたり、戦いのコツを教えて貰ったりしていた。ウィルはそんなユナの話を真剣に聞いてくれ、ユナを弟…もとい妹のように接してくれた。 チャモロとは意外にも話が合うのか、良く一緒に行動を共にしたり談笑しているのを見かける。べホイミを覚えたいらしく、良く二人で回復呪文談義しているようだ。 その時にだけ、チャモロが会話の主導権を握り、ユナはチャモロの話を生徒のように聞いていた。 ミレーユに対してだけは何故か敬語が抜けなかったが、距離を置いているわけではなく、女性としての尊敬の念からくるものなのだろう。 魔法や料理、裁縫など、沢山の事を教えて貰っていた。 ハッサンとは、どちらも率直な性格のせいなのか、たまに口ケンカに発展したりするが 歳の離れたユナにハッサンは本気じゃなく、おそらくウィルと同じ弟…妹が出来た気分なのだろう。 歳の近いバーバラとは勿論仲がよい。 と言っても一方的にユナがからかわれているだけだが、はたから見ていても仲の良い 姉妹のように見えた。 街や村に行くと必ずと言っていい程バーバラはユナを連れて店やマルシェを回った。 モンストル港から船出して5日目の昼。 アークボルト城が治めるアルキド大陸が見えてきた。 船を港に預けて、早速新しい大地に足を踏み出す。 港町を出て見渡す限りの大草原を何日か旅すると、遠目に霧掛かった険しい山脈が空を塞いでいるのが見えた。 「あれがアークボルト城!?」 険しい山脈の連なった麓に巨大な城がその姿を現すとバーバラがいち早く歓喜の声を上げた。 自然の要塞に守られ、強固な城壁に守られた城には盗賊や魔物は到底侵入出来そうにない。強力な騎士団までも従えるアークボルトは世界一安全な城として有名だった。 山道を抜けようやくアークボルトに着いたのは港を出発してちょうど一週間目の朝だった。 城外の馬小屋にファルシオンを預けると開かれた大きな城門を潜る。 見上げる程の大きな城に一行は思わず足が止まった。 「スッゲー!さすが噂に聞くだけの事は有るぜ!!でっけぇなぁ…レイドックとは比べモンにならねぇ」 滅多に見上げる事のない大男のハッサンが見上げて感嘆した。 「オレも…レイドックでも圧倒されたけど、本当に噂以上に強固な造りだな。ライフコッドにずっと居たら、きっとこんな城が有るなんて知らなかった……」 固そうな鉄のかたまりが幾重にも重なって壁を作っている。ウィルも同じように感嘆していると 「邪魔だ。どけ」 くぐもった低い声に、皆が振り返った。 「―――――…っ!!」 ドクン!! 忘れたと思っていた胸の高鳴りがユナの体を突き抜ける。 青い帽子に青い服、腰に下げた細身の剣。 背中には白銀の盾を背負い、美しい銀髪のため息が出るほど美形の剣士。 ドクン、ドクン、ドクン。 地面が揺れていると錯覚するほど、心臓は強く打っていた。久々の発作に耐えるだけで精一杯で、声も出ず立ちすくんだまま動けない。 ウィルたちは無言で道を空けるとその少年は誰とも目を合わせようともせず城の外へ去っていった。 「なんだぁあのやろう。棺桶なんて引き摺って…なんだか気味が悪いな」 ロープで棺桶を引きずって歩く、その姿がやけに目に止まったハッサンが開口一番そう言った。 「…なんか、感じ悪かったよね」 ついついバーバラも口をついて出た。それは口調や態度以上に、身にまとうオーラがとげとげしくて恐ろしく近付きがたい物に思えたからだ。皆同じように思っているのか一様に閉口した。 そんな中ユナだけが皆と思いを共有出来ていなかった。 荒い呼吸を整えて震える手を胸に当てる。一瞬見た姿が目に焼き付いて離れない。 良かった……生きてた……生きてたんだ…… テリー……… ▼すすむ ▼もどる ▼トップ |