24. 青い服の剣士 「オイ!ユナ、ユナ!!」 ………ようやくハッサンが自分を呼んでいる事に気付いて、ユナは顔を上げた。 「どうしたんだよ、ぼーっとして…。さっさと来いよ」 「あ、ご、ごめん…!」 「さっさと来いよ〜!」 ハッサンの真似をしてバーバラが茶化すようにユナを呼んだ。 もう一度だけ、そっとユナは後ろを振り向いた。 生きていた事が本当に嬉しかった。 生きているという事は、あの日、自分は彼を助ける事が出来たのだろう―――。 彼の後ろ姿が微かに見えた気がして、秘めていた想いが徐々に広がっていくのを感じていた。 ここアークボルトの城は強い剣士や魔法使いなど、腕に覚えのある冒険者を大々的に募っていた。 理由については多くは語られていなかったが王に”強者”と認められれば城に伝わる宝をくれると言うのだ。その為、噂を聞きつけた屈強野戦士たちが城内にひしめいていた。 しかし強者と認められるには厳しい試練が有るらしく、試練に打ち勝てなかった者は揃ってため息を漏らしていた。 「ねえあなた!ここへ来るとき、青い服の素敵な剣士様に会わなかった?」 宿で名前を記帳していると、主人の娘だろうか、店番をしていた年頃の少女がウィルに声を掛けた。 「え…?ああ、会ったけど?」 城門の前ですれ違った剣士の事を思い出す。きっとあの剣士の事を言っているのだろう。少女はうっとりとした眼差しを宙に浮かせた。 「すっごくかっこいい人だったでしょ!?彼の戦う姿を見て、もう私一目惚れしちゃったの!今のところ、強者だって王様から認められたのは彼一人だけなのよ!今、もうアークボルト中が彼の噂でもちきりなんだからっ!」 少女はそう早口で捲し立てた。アークボルト中、というよりは、アークボルトの女の子の中で、と言う方が正解ではないだろうか。その話に乗っかるでもなく、ウィルはハハハとはぐらかすように笑った。 「強者…ねぇ、それに認められれば城に伝わる宝をくれるんだって?」 記帳を終え、女部屋と男部屋の二部屋を取ると、皆は男部屋の方に集まった。 ハッサンがベッドの上であぐらをかいて何やら考え込んでいる。 「そうですね、城の宝、興味深いです。いったいなんなんでしょうか…?」 「金銀財宝、じゃない?」 「そうね、わざわざこうやって募集を掛けてるんですもの。もしかしたらよっぽどの事情があるんだわ…」 皆が話し合う中、その城の宝が何なのか、ユナは何となく察しがついていた。 彼が、強者に認められたって事は……きっと、城の宝は”強力な剣”……。 「なんにせよとりあえず、王様にお目通りを願ってくる」 「そうだな、そのついでに強者に認められれば一石二鳥だな!」 「城の金銀財宝も頂いちゃいましょ〜お!」 ウィルの言葉に軽く乗っかったのはハッサンとバーバラ。いつもならその二人をいなすようにチャモロやミレーユが口を挟むのだが今回は違っていた。 「そうですね、王様が強者を集めているって言うのも気になります」 「城の宝も、もしかしたら今後の旅に役立つかもしれないものね」 ユナも感傷に浸る間もなくユナも頷き、皆は王の間へ急いだ。 強者を募集しているという御触れが出ているわりには王の間へ続く道には冒険者は全く居ないように思えた。強者に認められればアークボルトの宝が手に入る。それは冒険者の中でもとても魅力的な話ではないのか。その疑問には王の間への階段を守る近衛兵が答えてくれた。 「強者に認められるには試験が必要だと聞かなかったかい?その試験っていうのが曲者でさ」 訪れる冒険者は軒並みその試験に落ち、踵を返す事を余儀なくされたらしい。初めの頃は冒険者で賑わっていたここアークボルト城も、厄介な試験という噂が尾を引いて最近ではめっきり足も途絶えたという事だった。 「まぁ、もう強者は見つかったから良いんだけどな」 「あの、青い服の剣士、の事ですか?」 ウィルの言葉に兵士は頷いた。 「良く知ってるな。そうさ、あいつは試験に合格して強者と認められたんだ。そいつは剣の腕も、猛々しい気迫も、強者と呼ぶにふさわしかったぜ」 アークボルト13世は玉座の前に並ぶウィルたちを嬉しそうに見つめた。顎に蓄えられた白い髭に顔には沢山の古傷が残っていて、それが凄みを増している。聞いた話によるとアークボルト王は昔、世界中にその名を轟かせた伝説の剣豪だったとか。 「お触れを聞いてやってきた者たち、と受け取ってよろしいか?」 ウィルが否定する間もなく代わりにハッサンが答えた。 「はい」 「…おい、ハッサン!」 「でも、強者はもう見つかったんじゃないですか?」 「そうさの…しかし強者の募集は一人とは言っておらん。強者と認めた者に頼みたい事があるのだ。それを解決してくれたなら、城の宝を差し上げよう」 それは聞いていた噂と少し違っていた。噂という物は回りまわって形を変えるのが常なので特に驚きはしなかったが一国の王の頼みが何なのか、気になった。 「頼みたい事、ですか…。それは、危険な依頼なのですか?」 「うむ…だからこそ、強者と認めた者ではないと頼めないのだ」 「じゃあ、さっき、青い服の剣士が出て行ったのは…」 「ああ、依頼を受けてくれたのでな」 強者でないと頼めない依頼。それは、あまりに嫌な予感しかしなかった。 「でも、そんな危険な事、一人じゃ……!」 ずっと黙っていたユナが弾かれたように叫んでしまった。あの後ろ姿が目に焼き付いて離れない。 「…オレたちも行くか?」 ハッサンがユナの頭をぐしゃぐしゃと撫で、視線はウィルに向けたままそう言った。 ユナの思いには気付いていないようだ。 「そうね、その方が良いかもしれないわね」 バーバラもハッサンに同意する。 「じゃぁ、王様に強者と認めて貰いましょうよっ!」 チャモロ、ミレーユも頷いた。 王はひとつ笑うと、玉座から立ち上がり 「ついてまいれ」 その言葉を残して、兵士たちを引き連れて出て行った。 案内された先は地下にある兵士たちの稽古場だった。そこに兵士たちの姿はなく、代わりに赤い鎧を着た男が1人佇んでいた。 「ブラスト」 ブラストと呼ばれた赤い鎧の男は、王を見るなり膝をつき頭を垂れた。 「これが試験だ」 王はそういうとパンパンと二つ手を叩くと、ブラストは頭を上げ立ち上がった。石壁に掲げられていた剣を手に取り、稽古場の中央に立った。 「このブラストと戦うのだ」 王の言葉に反応するよう、ブラストは剣を掲げる。皆がお互いの顔を見回す中、ウィルが一歩前に進み出た。背中の剣を引き抜き、ブラストと同じように掲げた。 「ウィル…」 心配そうに声を掛けるバーバラに微笑みを返した。チャモロもハッサンも剣はウィルほど使いこなせない。礼を持って剣を掲げる相手には、剣で向かい合いたいという思いは皆同じだった。 「悪い、ウィル任せた」 ハッサンもそのように声を掛ける。 「負けたらごめん」 彼の彼らしい台詞。ハッサンのたくましい腕がウィルの肩に回った。 「自分の力を信じろ!お前は強い!」 皆の見守る中、二人は剣を交えた。 刃と刃の交わる鋭い音が響く。パワーはブラストに歩があるように見えたが、スピードや剣のセンスはウィルも負けていなかった。殺し合うような勝負というよりは、お互いの力量を見極めるための試合。二人は距離を取り、間合いから外れた事をキッカケにブラストが手を上げた。 「どうだ?ブラスト」 王の言葉にブラストが頷く。 「良い剣です、とても」 光る汗を拭って、ウィルに手を差し出す。 「私は強者だと認めます。彼は強い」 「やったぁ!ウィル!」 ハッサンとバーバラが同時にウィルに駆け寄った。 「先に行った彼の剣とはまるで違う―――――」 「あの剣士とオレの剣が違う……?」 同じように汗を拭う青年の言葉、ブラストは頷いた。 「貴方の剣は導く剣だ。だが、彼の剣は惑う剣。彼の剣筋がどこへ向かっているのか、私には分からなかった。剣を交えた中で唯一感じられたのは、彼の、異常なまでの力への貪欲さだけ……」 「力への貪欲さ……」 ウィルがぼそりと呟いた。 ダーマの王が言っていた言葉が思い出される。 自分に見合わない力を欲する者は…いつか我が身を滅ぼす…… アークボルトから北へ2時間ほど歩いた場所にその洞窟はあった。 北の大陸とを分断している山を掘削してトンネルを作り、流通を良くしようとしていた最中に 洞窟内に魔物が棲みついてしまったらしい。アークボルト兵士が少数精鋭で何度か討伐に向かったらしいのだが、その魔物には歯が立たなかったとか。 それでやむなく行われたのが、あの”強者募集”という御触れだった。 そして、その魔物を見事打ち倒す事が出来れば、城に伝わる伝説の名剣を褒美に貰えると言う――――。 先に向かった剣士に会った時間、徒歩と馬車という事を鑑みても追いつく事は十分に可能だった。 「確かに、そんな危険な魔物相手に1人で行くのは危ねえよな」 「はい、いくら強いと言っても何があるか分かりませんから」 ハッサンとチャモロは剣士の事を言っているのだろう。ウィルもその事はずっと気になっていた。 ハッサンは馬車から降りると、引き摺ってきた人一人入りそうな棺を抱えた。 青い服の剣士が持っていた物と同じ棺で、証拠として魔物の遺体の一部を持ち帰ってきて欲しい為の物だった。続いてチャモロ、バーバラが馬車から降りた所でウィルは馬車内に声を掛けた。 「ミレーユとユナは馬車に残っててくれ」 「えっ!」 その事に対して声を上げたのはユナだった。 「何で!?オレも行くよ!」 「何言ってんだよ?お前怪我してんじゃねーか」 ここに向かう途中魔物に襲われ、ユナは足を怪我してしまったのだ。べホイミをしてもらったがかなり酷く捻っていたので大人しく馬車に籠ってはいたが。 「洞窟は足場も視界も悪く危険です。それにブラストさんも言っていたでしょう?中は狭くなっているので少数精鋭で向かっていたと」 「そうそう!大勢は逆に危ないからな、ミレーユに足の怪我見てもらっとけよ」 それ以上ユナは何も言えなかった。確かにその通りで、もし無理をして行けばきっと皆に迷惑が掛かるだろう。 「皆、気を付けてね…」 心配そうなミレーユの瞳。バーバラは元気に頷き、ハッサンはチャモロとウィルの肩に手を回し白い歯を見せた。 (ユナ……) しん、として静まり返った馬車の中でスラリンが声を掛ける。 (テリー…だったよね…あの剣士……) ユナは応えず、膝を抱えてそのままごろんと横になった。 (ユナ!テリーの事、忘れたわけじゃないんでしょ!?) 横になったユナの顔にスラリンが覆いかぶさってくる。ぶるぶると顔を振って、相棒の体を引っぺがした。 「忘れられるわけないよ!」 代わりに、近くにあった大きな道具袋に顔を埋める。 「でも…色々考えたら……会うの…すごい怖くなってきた……」 (今更何言ってんの!テリーはきっと、ユナを探してるよ!) 「………」 あの時の、すれ違った彼の姿を思い出した。 とげとげしいオーラに身を包んで、剣を求める為に前を向いて、そんな彼が、まさか自分を探してくれているのだろうか―――――。 最強の剣と、ミレーユさん、その中にまさか自分の存在も入っているなんて考えられない――――。 (サーカス団の時だって、テリーはユナの事忘れてなかった。それに、ユナ、見えなかったの?) 「…何が……?」 ぴょんっと勢いを付けてもう一度スラリンはユナの頭に乗った。 (帽子だよ!テリー、ユナの縫った帽子、ちゃんと被ってたじゃないか) 「…………っ!」 (すぐ側に居るのに!今会わなきゃ後悔するよ!) ユナは目を伏せると、痛む足を押して立ち上がった。振り向いた先に居たのは 「ミレーユさん…っ!」 外の様子を見に行ったと思っていたミレーユだった。 ミレーユは、にこりと微笑むと、中に入り座って幌に背を預けた。 「洞窟は危険よ、そんな足じゃ危ないわ」 見透かしたようにそう言うと、痛めた足を見せるよう促した。ユナの足の具合を確認すると再び微笑んだ。 「腫れも引いてきてる。明日には治りそうね」 「あ、ありがとうございます……」 どこまで話を聞いていたのだろう。そんな事を考える間もなくミレーユが尋ねた。 「会いたい人が居るの?」 「――――――っ!」 それはあまりにストレートだった。 「先に向かった青い服の剣士が、ユナちゃんが探してる人なの?」 目を見開いて顔を上げる。答えを聞かなくてもその反応だけで察する事は出来るだろう。 「ちが…っちがいます!そんなんじゃ……」 あまりにも無理な否定。 「私の事、まだ信用してくれてないのかしら?」 「そういう意味じゃ……」 ミレーユは寂しそうに笑うと、ウエストポーチから鮮やかな色の道具袋を取り出した。 その道具袋の中に入っていたのはタロットカードの束。 「ねえ、ユナちゃん」 その束を自分とユナの間にそっと置いて 「占いしてみない?」 ▼すすむ ▼もどる ▼トップ |