25. 占い ミレーユはタロットカードを慣れた手つきで並べていく。こういうものにはあまり興味の湧かないユナであったが何故か目が離せないでいた。美しい模様の描かれたタロットカードは、それそのものに魔力が宿っているように感じた。 「………」 カードのめくる音だけが馬車内に響いた。 しばらく経って結果が出たのかミレーユは腕組みをして、表に返されてある三枚のカードを見つめている。ユナにはそれが何を現すのかは分からなかった。 「おかしな取り合わせね」 占った本人が眉にしわを寄せる。 「どういう意味なんですか?」 ミレーユはその綺麗な指を一枚のカードに押しつけた。三枚の中でも一番目立つ黄色い縁取りのされたカードだ。かろうじてユナにはその絵が”太陽”を表すものだと分かった。 「これ…他のカードと周りの色が違うでしょ?トランプで言えばジョーカーみたいなもので、他とは違う、特別な意味を持つカードなのよ。世界……いや違うわねこの場合は運命を現すカードになるのかしら?」 自分に言い聞かせるように呟く。 ユナの反応を待たないまま、左上のカードに指を滑らせた。 「逆さのカード。運命の隣……」 また一人、呟いて考え込んでしまった。指先が指し示しているのは宙づりにされた奇妙な男のカード。不審な瞳のユナにようやく気付いて言葉を続けた。 「このカードね、女の子を占う時にたまに出るカードなのよ。逆さの男。女の子に意中の男性が居るって暗示なんだけど、もしかしたらユナちゃんにも気になる男の人でも居るのかしら?」 「なっ!」 予想外の場所から心の弱い部分を突かれ、素っ頓狂な声を上げてしまった。 「なっ何言ってるんですか急に……!どうしてなんでどうしてそんな話に……!」 「まぁまぁ、これはアクマでも私の仮説、たとえばの話なんだから」 「…………」 冷静に返すミレーユに、何も言えなくなる。赤くなった顔を隠すよう手で頬を押さえ、座り直した。 ユナの反応に笑みを零した後すぐさま神妙な顔に戻り、もう一枚のカードに指を添えた。これはユナでも分かる。人の躯を象った死神の絵だ。イメージ的にも不吉な予感がしてしまう。 「死神のカードだからって悪い意味ばかりってワケじゃないのよ。たとえば逆さの男と死神は相性が良かったりするの。二つのカードが暗示するメッセージは”物事の好転”、”別れ人との再会”、そして再生の”生まれ変わり”……」 ユナの胸中を読み取ったのかミレーユが付け加える。 再会……。その言葉がユナの胸を締め付けた。ドクロの謎めいた黒い瞳を見つめるがこの胸のもやもやの答えを出してくれそうにない。 「凄いんだねミレーユさん…色々分かるもんなんだ」 「そう?お褒めに与り光栄ね。なんて、ふふ。実は昔、これで生計を立ててた事もあるのよ」 おどけて返すが、表情とは裏腹にミレーユはカードの結果が気になっていた。 ユナの手前、死神には良い意味も有ると言ったが「破滅」「終わり」を示す事が殆どだった。そして死神と最も取り合わせの悪い、運命や世界を表すカード。抽象的に考えればユナの世界の破滅、終わり……。 旅をしていれば危険と隣り合わせなのも分かる。分かるが、これほど決定的に不吉な事を現す結果が出るのも珍しい。唯一の救いがその中に混じる逆さのカード。 運命の逆転。 先ほどユナに話した物事の好転に当てはまる暗示だが逆さの男は世界とは比べ物にならないほど弱い……。ミレーユは考えないよう、首を振り、並べていたカードをぐしゃぐしゃとまさぐった。 「占い、付き合ってくれてありがとう、それで…ユナちゃんはあの剣士を追いかけに行くの?」 「それは……」 「さっき見えたんだけど…すれ違いの相が出てる。今行ってもきっと会えないわ…」 ほんの少し、何となくだがユナもそんな予感を感じていた。今になって、捻った足がズキリと痛んだ。 「でも、心配しないで、いつかきっと会える。さっきも言ったでしょう。逆さの男が示すもの、”別れ人との再会”それはハッキリとカードに出てるの。私の占いは当たるんだから」 「…いつか…会える…」 胸を押さえて俯いた。また会える……言葉をかわして軽口を叩きあって、時には叱られたり、おかしな事で笑ったり、そんな日がまた来るのだろうか――――。 「あの剣士さんは、前に言ってたユナちゃんの仲間だった人?」 これ以上の詮索は迷ったが、ついミレーユの口からそんな言葉が出てしまっていた。観念したのかユナは重い口を開いた。 「…うん…オレがどうしてもついていきたくて、半ば無理やり仲間にしてもらった。剣の使い方は勿論だけど、文字とか、魔物や野草の知識、他にも色んな事を教えてくれた。オレは力になりたかったけどホイミしか出来なくて、いつも助けられてばかりだった…」 今思えば、どうして自分なんかを仲間にしてくれたのだろう。最後までリレミトもべホイミも覚えられなかった。こんなオレを仲間にしてくれたのは、彼の優しさだったのだろうか……。 ずっと心に押し込んでいたテリーとの思い出がみるみると蘇ってくる。胸が苦しくなって、苦しさを紛らわすように言葉が漏れた。 「テリーが生きていてくれた事が嬉しい――――」 つい、名前を言ってしまった事に気付いてミレーユの反応を伺った。 表情は見えなかったが、タロットを整理しながら黙ってユナの話を聞いてくれていたようだった。 「ユナちゃんにとってあの剣士は大切な人なのね…」 「うん……」 ユナは素直に頷いた。 それをキッカケに二人の間に沈黙が下りた。 無言で思考を彷徨う。ユナは出会ってからずっと言おうかどうか迷っている事があった。 「…?どうしたの?まだ何か気になる事でもあるの?」 ユナの視線に気付き逆に声を掛けられてユナはハっとした。 「いっいやもう、大丈夫です!あの、ありがとうございました!」 これはきっと、オレが言う事じゃない。 そう思い返し慌てて言葉を取り繕った。いつか会える、そう、いつか会えるのならきっと、この二人だって――――。 ミレーユは、良かった、という意味の微笑みを返す。タロットを鞄に戻し、周りの様子を見てくると言って再び馬車から降りた。木漏れ日が差す林の中をしばらく歩いて、ミレーユは胸を押さえて立ち止まった。 テリー。 確かにユナはそう言った。 その名前は間違いなく、10年前生き別れになった弟と同じ名前で……。 銀髪で紫の瞳の…… アークボルトですれ違った姿が遠い昔の記憶と一瞬重なり、胸が空いた。 彼は、まさか―――――。 「テリー……なの……?」 ▼すすむ ▼もどる ▼トップ |