26. 雷鳴の剣



「おいっ!!あれ見ろよ!!」

 アークボルト街道を北に進んだ岩山の洞窟。
洞窟に入って早1時間、ウィル達はずいぶん奥まで進んでいた。
通行用に掘られた洞窟と言うだけあって、中はかなり整備されていたが魔物が住み着いているせいか、壁に掛けられたランタンの炎は消えている。松明を手に、ウィルたちは用心深く進んでいた。

そんな中、ハッサンの声が洞窟中を駆けめぐった。

「あれ、あいつじゃねえのか!?気味悪ィ魔物と戦ってる!!」

前方を指差した。
暗くて良く見えないが、剣の音や空気の乱れを感じる。誰かが何かと戦っている。

「本当だ、すっごぉーい!」

 続いてバーバラも声援を上げた。ウィルとチャモロはじっと目を凝らして洞窟の奥の暗闇を凝視すると…。

銀の髪が暗闇に映えた。あの、青い服の剣士だった。その剣士は自分の倍もあろうかという魔物と戦っていた。爬虫類の目と皮膚をもった巨大で不気味な魔物だ。

剣士はそんな魔物にも臆する事無く、華麗に剣を振るっていた。松明の光に照らされた剣が軌跡を描く。美しい顔となびく銀髪が剣の舞をより一層際だたせている。それは緊張した戦いの最中でさえ見る者を見惚れさせてしまう程で、人間離れした強さと美しさにウィルは思わず息を飲んだ。バーバラ、チャモロは勿論の事、ハッサンまでも目が釘付けになっている。

「とどめだ!!」

 低い声が響いた。
剣士は魔物が吐き出した炎をかわすと、その勢いのまま剣を魔物の眉間に突き刺した。

『ギィヤアアァァ!!』

 勢いよく吹き出す青い血。
耳をつんざくような断末魔が響き渡ると、重い地響きを立てて魔物は崩れ落ちた。

「フン……こいつもたいしたことはなかったな………」

 倒れた音と共に辺りはやっと静寂し、魔物の死体だけが残る。剣士は魔物の首を引きちぎると、王から貰った棺の中に押し込んだ。

「ス…スゲェ……」

 ハッサンの口から感嘆の声が漏れた。強さを見せつけられ、自分たちが救援に向かった事すら忘れる。ハッサンの声に、剣士はようやくウィルたちの存在に気付いた。

「……何処かで見た顔だと思ったらアークボルトにいたやつらだな。フ……無駄足だったな。魔物はオレが倒した」

 その剣士、テリーは冷たい瞳を持ったままそういうと、ボーゼンとしているウィルたちの横をすり抜け棺を引きずりながらさっさと引き返していった。剣士が見えなくなった所で、ようやく我に返ったハッサンが

「なっ!なんだ、あの野郎は!!」

 開口一番叫んだ。

「全然助けなんて必要じゃなかったじゃねえか!」

「そうみたいですね……」

 取り越し苦労か余計なお節介だったが、あの剣士の強さを見るにただの無駄足を踏んでしまったようだった。だが、しかしバーバラは心配げに剣士の去った後を見つめて

「…でもあの人、足、怪我してなかった?」

「そうだったか?オレには分からなかったぜ。あんなに強えーんなら怪我する事もねえだろ」

 ハッサンは、もう不要になってしまった棺を引きずりながら踵を返した。

「でも…」

「そんなに心配ならオレが先に行って様子を見てくるよ、それならいいだろ?」

「あっ、ウィル、私も一緒に行くよっ!」

 いつも自分を気遣ってくれるウィルにくすぐったい気持ちを覚えたまま二人は足早に剣士の後を追った。ハッサンは、はははと笑い

「相変わらずウィルはバーバラに甘いな…」

 仕方なしに予備の松明を灯し、呟いた。




「どうしたの?」

 剣士の後を追う最中、いつもと違う表情に気付いたバーバラが足を止めた。

「ん…いや、さっきの剣士の戦いを見て思ったんだ。オレ、まだまだだなってさ。ムドーを倒せたのは皆のおかげだし…そう思うと急に自分が情けなく思えて…もっともっと強くなりたいって」

  ウィルはまだ先ほどの戦いが頭に残っていた。立ち止まり、自分の手の平を見つめる。

「何言ってるの、ウィルは充分強いよ!」

 弾かれたようにバーバラが叫んだ。

「戦う事もそうだけど、なんか人として強いって言うか、心が広いって言うのかなぁ…。独りぼっちだったアタシの手を何の躊躇いもなく引っ張ってくれて……」

 そこまで言うと、急に気恥ずかしくなって

「あっ、そっそれに!ダーマの王様も言ってたでしょ!自分に見合わない力を欲しがる人はいつか我が身を滅ぼすって!急に強くなろうとしたって、ダメよ!うん!」

 捲し立てるように言った。

「そうだな…有り難う、バーバラ」

 精悍な顔立ちが、少年のような笑顔に変わる。松明の光に照らされたバーバラの顔がぽっと赤く染まった。




 林に差し込んでいた木漏れ日が徐々に色彩を変化させる。白からオレンジ、そしていつの間にか深い青に変わっていた。
痛む足を押して何とか馬車から降りると草を食べているファルシオンの隣に腰掛け、ユナは何となく鞄から笛を取り出した。毎日手入れされているその銀の横笛は、輝く夜空の光を受け美しく輝いていた。
そっと唇を当てると音色と相まった透き通るような旋律が響いてくる。

「素敵な音色ね……」

 その音色にうっとりと聞き惚れるミレーユ。静寂の林に見合うような神秘的な音色は切なく響いていた。



「……く……っ…」

 洞窟を出て緊張が途切れたのか、テリーは立ち止まって片膝を付いた。

「チッ……」

 右足の痛みが体中を伝わっていく。不覚だった。

「やっぱり怪我してましたね」

 黒い影が後ろから近付いてくるが、テリーにはどうすることも出来ない。舌打ちをして無言で後ろを振り向いた。

「今、ホイミをかけてあげるよ」

 暗闇の中現れたのはポニーテールが良く似合っている少女と青い髪に精悍な顔立ちの青年だった。男の方がテリーに近付いて、怪我をしている足に手をかざす。テリーは突然の出来事に抵抗することも出来ず、ただその状況に身を任せていた。
こいつらは、確かさっきの……

「さっすがはウィルっ!もう良くなってるよっ!」

 ウィルと呼ばれた男はニッコリと微笑み立ち上がる。テリーもそれにつられて立ち上がった。ホイミのおかげで右足の痛みはもう無い。
だがテリーは

「助けてくれなんて、頼んだ覚えはない」

 礼も言わずにそう吐き捨て、ウィルたちと数歩距離を取った。

「なっなによその言い方は!お礼のひとつぐらい言ったっていいでしょ!」

 テリーは何も言わず一瞥した。冷たく凍った瞳は恐怖さえ感じてしまう。勢いを削がれたバーバラは口をつぐんで、同じように数歩距離をとった。

「………!」

 その時、テリーの耳が何かを捕らえた。それは、昔を思い出させる笛の音だった。

「………この音色………!」

「………え?」

 暗く冷たかったテリーの瞳が急に光を持った。二人は顔を見合わせて、お互いに耳を澄ませてみる。
しかし何も聞こえてくる様子はない。

「音色……?何も聞こえないけど…」

「私も……」

 怪訝な顔で首を振る二人をよそに、テリーはその音が聞こえてくる方に向かって駆けだしていた。

「………」

 しかし、その音色はいつの間にか聞こえなくなっていた。薄暗い林の中、荒く息をきらしながらテリーは辺りを見回したが、やはり聞こえない。

「………空耳……か………」




(なんだか久々に聴いたな、ユナの笛)

「うん……たまには吹かないとな、忘れちゃいそうだし……」

 一小節終わった事をキッカケにユナは演奏を止めた。
聞き惚れていたスラリンも顔を上げると、ぴょこんとユナの肩に乗る。

「とっても癒されたわ。ありがとう」

 その音色は耳を通して心に沁み込んでいくようで、ミレーユを穏やかな気持ちにさせた。
郷愁のような、懐かしい昔を思い出させるような不思議な感覚。

ユナは恥ずかしそうに頭を掻くと、そっとその横笛を見つめた。
星に照らされ光るそれはどんなに時間が経っても褪せる事は無く、ほっとするような安心感をユナに与えていた。




「ユナ!足は大丈夫?」

 馬車に帰った途端、開口一番、バーバラはユナを心配してくれた。

「うん、だいぶいいぜ!」

 昼に比べて大分腫れは引いてきていた。ミレーユの言った通り、明日になればなんとか歩けるようにはなるだろう。

「それで、洞窟はどうだった…?……あの剣士は……?」

「それが骨折り損だったんだよ!」

 代わりにハッサンがその問いに答えた。

「あいつ一人であっという間に魔物を倒しちまったんだぜ!あんなに強えーって知ってたなら、ここまで来なかったぜ」

 珍しくそう愚痴った。

「そんなに強かったのか……?」

「ええ、魔物の攻撃を華麗に避けながら的確に急所を狙っていました。熟練の剣士でも、あのようには動けませんよ。あんな人、私は初めて見ました」

 これ以上ない程のチャモロの賛辞の言葉。

「へ、へぇ……」

「ですが、あの禍々しい雰囲気はあまり好ましくは無いですね……」

 しかしその続く言葉は賛辞とは程遠い物。それほどテリーの心証は良くなかった。
他人を拒絶する瞳。

「そうそう!足を怪我してたみたいだったからウィルがホイミしたんだけど、”助けてくれなんて頼んでない”なんて言って睨まれたわ。綺麗な顔してるのに、勿体なーい」

「そんな事…あったんだ……」

 ユナはざわめく心の内を隠すかのように相槌を打った。ユナを乗せると、馬車は来た道を引き返す。
ミレーユと、そしてユナ。
それぞれの想いが交錯する中、夜は更けていった。




 アークボルト城下街の酒場。
褒美として賜った名剣を腰に下げ、テリーは酒を飲んでいた。
アークボルトの酒はやけに辛く感じたが、すっとした飲み心地はまぁ悪くなかった。

「兄ちゃん、良い剣持ってるじゃねえか?」

 風貌から明らかに柄の悪そうな男たち二人が寄ってきた。
テリーより随分と背は高く、屈強な体つきをしていた。

「ちょいと見せてくれよ、減るもんじゃねえし」

「ふざけるな」

 アメジストの瞳が刺すように見つめる。

「その汚い手で触るつもりか?冗談は顔だけにしてもらいたいもんだな」

 男たちの雰囲気が一変した。
一気に剣呑になると男は体格差を利用してテリーの上から両手で押さえつける、が、男の想像は形にはならなかった。逆に両手を後ろでにされ、カウンターに突っ伏す形で身動きが取れなくなる。テリーは左手でその男を押さえ、右手でもう一人の男の攻撃を迎え入れた。勢いよく放たれた拳をあっさりと受け止め、そのまま強く捻る。男の視界が一気に逆転した。
背中を床に叩きつける大きな音と、カウンターの椅子が派手に倒れる音。テリーに押さえつけられていた男はその様子を見て、のびてしまった男を連れて慌てて酒場から逃げて行った。

「お客さん……揉め事は困るよ」

「フン、あいつらが勝手にやった事だろう」

 困り顔の酒場のマスターを睨む。
テリーはグラスの酒を一気に飲み干すと、カウンターにゴールドを置いて出て行った。

宿には泊まらず無理やり城門を開けてもらい、テリーはさっさとアークボルトを後にした。
剣も手に入れた。もうここには用はない。

厚い雲が風に流され月を隠していく。
テリーは立ち止まると城の名剣、雷鳴の剣を引き抜いた。それは夜の闇の中でも妖しく美しく輝いていた。

間違いなく武器屋では手に入れる事の出来ない、魔力の宿る剣。
まるで重さを感じない程手に馴染み、一振りすれば魔力を持った風圧で敵を切り裂き、二振りすれば剣に雷鳴の力が宿った。

テリーはこの剣を気に入っていた。

だが

「もっと強い剣が…どこかにあるはずだ………」

 それを一刻も早く手に入れるんだ、そして………

「オレは、誰にも負ける事のない…最強の剣士になる………!」



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