34. 剣



 錆びた剣を手にしたウィルたちはミレーユの先導でロンガデセオを目指した。
船で揺られる事数日、一行は地図にも載らない町に到着した。

「スゴイ町だねー」

 バーバラが町並みを見ながらふと、口を開いた。
軒を連ねるのは住めるのか不思議なくらい朽ち果てた家。柄の悪そうな輩がたむろしている場所。奥の裏路地には淫らな店が目をかすめた。

「そうだな〜。自由気ままな町って感じがして、オレ、結構好きだな」

 今度はユナが歩きながら口を開く。人々の生きようとしている意志がひしひしと伝わってくる。厳しい国政に虐げられた街よりは何倍も良く見えた。

この街に縁があると言うミレーユの口利きで酒場の情報屋を伝い、腕の良い剣職人に会うまでは良かったものの、その剣職人はひとつ迷っている事があった。



「サリィさん、お願いします!剣を…剣を元に戻して下さい!」

 入り組んだ路地を何とか潜り抜け辿りついた先の、ひっそりと佇む小さな工場。
そこに、ウィル一行と、妙齢の女。彼女こそが腕利きの剣職人だった。
サリィはテーブルに肘を突いてため息を吐いた。

「何度も言ってるだろう!戦いの為の、剣は打たないって!」

 ウィルの頼みを突っ撥ねる。ここに来てからずっとこの調子だった。ウィルはそれでもなお、頭を下げ続けた。

「頼むよ、サリィさん。一応他の鍛冶屋にも見せたけど、みんな口を揃えて無理だの一点張りなんだ…今頼れるのはあんたしか居ねえんだよ」

「………」

 ハッサンの言葉にも彼女は耳を貸そうともしない。

「恐ろしいのですが?自分の打った剣で、誰かが傷付くかもしれないと言う事が……」

 確信を突いたチャモロの言葉。ようやくサリィの目が動いてこちらを見た。

「ああ、そうだよ」

 あっさりと彼女は言った。

「怖いんだ。信用出来ない奴に、剣を打つなんて」

「ウィルは信用に値出来る人だよ!!」

「そんなの、分からないだろう!」

「じゃあ、さっきから遠くを見つめてないで、ちゃんとウィルの目を見てよ!」

 バーバラとサリィの押し問答が続く。

「腕利きって言われるくらいなんだもの、目を見ればわかるはずよ!ウィルが、どんな人なのかくらい!」

「………」

 ゆっくりとサリィの瞳がウィルを捕らえた。深い琥珀色の瞳は今まで依頼を受けた誰より真摯な感情を宿していた。
ふと……父親の言葉が蘇ってくる。
真摯な瞳に嘘は無い。
瞳を見れば分かる。
そういう剣職人になれ。

「…………」

 差し出された錆びた剣。
その剣からは生きた魔力を感じる。だからこそ、サリィは怖かった。これを打ちなおせばきっと、とても強い剣になる―――――。

そっとその剣先に触れる。ざらりとした感触の中に、柔らかなオーラが流れ込んできた。

「この剣………」

 今度は柄の部分に触れてみた。またも生きた力を感じてサリィは手を引っ込める。

「剣は、主を選ぶ。その主に、あんたは選ばれたわけだ……」

 剣からウィルへと視線を戻す。その瞳はじっと、サリィを見つめていた。

「……本当に戦う為の…平和の為だけに剣を振るうって……誓えるか?」

「はい!」

 ハッキリとキッパリと答えた。

沈黙は時間を長く感じさせる。
まっすぐに見つめるサリィをウィルもまっすぐに見つめ返した。
その沈黙に耐えかねるハッサンをミレーユが制す。
そしてまた一時経った所で

「よし……分かった!」

 サリィは言葉と共に立ち上がると、両腕を捲った。

「貸しな!」

 ウィルの前に手を差し出す。

「あたしに何処までやれるか分からないけど、剣を元通りにしてやる」

「……!?」

「…アンタの目、信じる価値が有りそうだったからね」



 サリィが打ち直しを引き受けてくれたのは良かったものの、相当な時間がかかるだろうと言う事で、ウィルたちはカルベローナでのお告げを元に、伝説の武具を探す為世界中を飛び回った。

”セバスの兜”
”オルゴーの鎧”
”スフィーダの盾”

それらを手に入れる間に、ウィルたちは”現実の世界のウィル”と出会った。
そう、今まで旅をしていたのは本当は”夢の世界のウィル”だった。
その事に酷くウィルは戸惑ったが、仲間たちの支えもありウィルは”現実の世界のウィル”を受け入れた。それはとても勇気の居る事だっただろう。弱い部分、恐ろしい部分、見たくない部分を受け入れる事――――。そうして人は、成長出来るのだろうか。

泣きそうなバーバラの頭をいつものように笑いながらまさぐった。
それは間違いなく、皆が知っているウィルの姿だった。



 導かれるまま伝説の武具を集め、ロンガデセオに到着したのは、剣を託して二月が過ぎようをしていた。ロンガデセオの曲がりくねった路地を歩き、工場の扉を叩く。出てきたのは赤毛で勝気そうな女性。
サリィは「遅いよ!」と笑うと、工場に招き入れてくれた。そして奥から大きな布の包みを持ってくる。テーブルに置いてウィルに促した。

それは、託す前とは全く違った輝きを見せていて。一目見ただけでもそれと分かる。
伝説の剣―――――。
”ラミアスの剣”

柄の部分に刻まれた鳥の文様は今にも飛び立たんと大きく翼を広げていた。



 その夜サリィの家に招かれ、酒豪だと豪語するサリィと賑やかに飲み明かした一行はそのまま宿に戻る事もなく、好意でそのまま泊まらせてもらう事になった。
空き部屋で所狭しと眠る皆を起こさないように、ユナはそっと部屋を出た。

先ほど飲み明かしたテーブルは綺麗に片づけられていて、そこにそっと大切に横たわっていたそれに手を触れる。剣の魔力が伝わってくる。
それはとても強い力で、これこそが最強の剣と言ってもいいのだろう―――――。

「…………」

あの時、

あの時、あの魔物を倒せてさえいれば

この剣は、テリーの物だったかもしれない―――――。
彼の願いを、叶えられたかもしれない――――――。

そんな気持ちが胸を侵食する。手に取ったラミアスの剣はとても重く、自分には使いこなせそうにないが、テリーになら、使いこなせるかもしれない。

「誰だ!」

 鋭く強い言葉がユナを射抜いた。

「……なんだ、あんたかい……泥棒かとおもっちまったよ」

 ランタンを持って部屋に入ってきたサリィはユナが手に取っているラミアスの剣を見て表情を険しくした。

「……泥棒じゃあ……ないんだよね……?」

「…………っ!!」

 ユナは慌てて、剣を元に戻した。
盗むわけがない。皆で苦労して見つけた剣を、まさか盗めるはずもない。だが、一瞬だけ、ほんの一瞬だけその考えがよぎったのは事実で、ユナはすぐに否定が出来なかった。

「なんにせよこんな夜中に怪しい行動してると、怪しまれても仕方ないよ。さっさと部屋に戻った方が良い。それとも…まさか、本当に盗むつもりだったのかい?」

 否定しないユナを不審に思い、サリィは問いを続けた。
正直な気持ちがユナの口から洩れる。

「………この剣を、必要としてる人が居て……」

 ラミアスの美しい刀身は心の奥底の欲を垣間見せた。

「その人の事を考えたら、いつの間にか剣を手に取ってた……でも、盗むつもりなんてないよ!」

 最後の言葉を信じてくれたのだろうか、サリィの雰囲気がようやく柔らかい物に変わる。

「そうだね。あんたも剣士の端くれだ、分かってるだろう。その剣はウィルの物だよ、誰の物にもならない。剣っていうのはそういうものさ、強い剣であればあるほど主を選ぶんだ」

「それは…っ、知って…る」

 それは知っている。知っているからこそ、迷うだけで済んだ。
それを知らなければ、昔の浅ましい自分なら―――――

「あんたの大剣」

 ランタンを持ったままサリィは呟いた。

「あれは、あんたの剣じゃないんだろう」

 ランタンに照らされたユナの顔は秘密を知られた子供のように強張った。

「柄に刻まれたメッセージを見たよ。あれは、盗んだ物だろう―――?」

 サリィは皆の武器を仕事ついでに手入れしてくれていた。しっかり巻かれた大剣の滑り止めを外した時にその事に気付いたのだろう。
だからこそ、サリィはラミアスの剣を手に取っているユナを見て警戒したのだ。

「物からしてかなり古い物だ。随分前に盗んだんだろうね。でも、どうして、それをまだ持ってるんだい?ろくに扱えもしない上に、メインの武器は短剣、それなのに―――――」

「……それ…は……」

 色々な感情が一気に湧き上がってきて言葉が見つからない。

「あれ、毎日手入れしてるんだろう?見て、すぐ分かった」

 サリィは俯くユナの横をすり抜け、壁に立てかけてあるその大剣に手を掛けた。
剣職人は、剣を見ればその剣がどれほど大切にされているかすぐに分かる。大剣は多少刃零れはしていたが、刀身は光るように綺麗だ。柄の部分も綺麗にされていて、滑り止めも定期的に新しい物に替えられていた。

「罪滅ぼしのつもりかい?」

 ビクリと震えたユナの反応、それだけで答えが分かってしまう。サリィはそっとユナの肩に手を乗せた。

「……大切にされるはずの、剣だった――――」

 ユナの小さな声が落ちる。
昔一人で旅をしていた頃、食べる物にも着る物にも困って何度か盗みを働いた。この剣もその一つで、自分で扱うつもりは毛頭なく、質に入れれば多少お金が入ると思い盗んだ物だった。

"愛する貴方へ 貴方の愛する家族より"

柄に刻まれたメッセージを見て、自分はとんでもない物を盗んでしまったのだと気付いた。それと同時にもしかしたら今まで盗んだ物も、誰かの大切な物だったのかもしれない。そう思うと苦しくて、怖くなって。
それからユナは、どんなに空腹でも寒さに震えても盗みを働く事を止めた。

「オレがそれを盗んだんだ―――」

 ハッキリとそう口にして

「だから、その人が大切に出来なかった分、大切にしたい…」

「バッカだねえ。そんな事して何になるのさ?」

「分からない!けど、そうしたいって思ったんだ!」

 サリィは思わず呆れて笑った。ユナはそれがバカにされたように感じ、返す言葉を探すがその必要は無かった。

「剣職人はね、剣の気持ちが分かるんだ」

 サリィのオーラは先ほどと比べてますます穏やかになっていた。
もう一度ユナの大剣を手に取る。

「この剣はもう、あんたの物だよ」

 渡された大剣はいつもと同じように手に馴染んだ。

「剣がそう言ってるんだから間違いない。この剣はあんたの事を恨んじゃいないよ」

「――――――っ」

 サリィの言葉が胸を突いた。
それは今までずっとユナが思っていた事で、悩んでもいた事で、それをまさかこんな所で会って間もない剣職人から言って貰えるなんて思ってもみなくて。
ただただ感情が追いつかず驚く事しか出来ない。

「ラミアスの剣を必要としてる人が居るって言ったけど…その人にも、あんたと同じ苦しみを背負わせるつもりかい?」

 ブンブンとユナは頭を振った。

「…わかってるんならさっさと部屋に戻んな?今夜の事は、誰にも言わないからさ」

 サリィは眠そうに欠伸をすると踵を返す。右手を軽く上げた所でユナが呼び止めた。

「サリィさん!」

「うん?」

「……ごめんなさい……」

「……ああ…」

 言葉の意味をしっかり受け取って

「それと?他に言う事は?」

 悪戯めいた顔で振り向いた。ユナは少しだけ考えて

「………ありが…とう……」

 その言葉を聞いて、サリィは「うん」と頷いて笑った。


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