35. 天翔ける城



 クリアベール北東。険しい岩山に囲まれた森の深くに古い祠があるらしい。
伝説の武具を集めてそこへ赴くと、天空の城への道が開かれる。
カルベローナから古くから伝わる言い伝えだ。

その言い伝えが世界を周り、伝説の武具を集めると天空の城へ行く事が出来る。という噂が広がったのだろう。
話は冒険者なら一度は耳にした事があった。金銀財宝が眠る天空城。金やロマンを追い求めて、数多くの冒険者が伝説の武具を探しているのだ。

それが、今、まさに――――――。


岩山を越え、方向を見失わないように深い森を抜ける。
森を抜けた場所は広く草原が広がって、そこだけ俗世から隔離されたような不思議な雰囲気だった。風は止まり、空は吹き抜けるように高く青かった。
その中心に古ぼけた石造りの祠があった。まさにお告げの通りで、皆ははやる気持ちを抑える事が出来ず足早に駆け寄る。
祠は何十年、あるいは何百年と人との関わりを避けてきたように見える。くすんだ緑の苔や長く伸びた蔦がますます人の侵入を拒んでいるようだった。




「ここだよな…間違いなく……」

 ハッサンが固く太い蔦をナイフで切り払って扉を開ける。その扉は鉄格子で出来ていて、錆びついた嫌な音を立てて開いた。

中は吹き抜けで天井が無く、闘技場のように筒状に石造りの壁で覆われていて”がらんどう”としていた。

「何もないですね……何か仕掛けでもあるのでしょうか……」

 しかし中は調べる所が無いほど、何も無かった。床は石造りになっていたが、風化により所々欠けている。

「そうだな…これはいったいどうすれば……」

 ウィルが周りを見渡しながら祠の中心まで足を進めると。

白い光が一瞬にして祠中を包んだ。
体の重さが無くなり、かと思うと突然いつもの倍程の重さになり、その違和感に思わず目を伏せた。

そして目を開けたそこは先ほどの祠では無く―――――。

緑に包まれた豊かな庭園。
庭園の終わりを目で辿ると石造りの壁にぶつかった。その壁はとても高く積み上げられていて。
見上げるとその全貌が姿を現した。

「天空に浮かぶ、神の城―――――」

 有名な文献に描かれている挿絵そのままの姿で、その古城は皆を迎え入れた。




 穏やかな光差す美しい庭園。そこを抜け、大きな扉の前に来る、そこは間違いなく城の正門なのだろう。両脇を守るように立っている鎧の騎士に皆は身構えた。

しかし鎧の騎士は手に持っていた槍を突き付ける事無く、扉を開きこういった。

「お待ちしていました。デュラン様がお待ちです」

 まるで城の兵士のような口ぶり。
皆は顔を見合わせ警戒を解かなかった。

「まさか……アタシたちを罠にはめるつもりじゃあないでしょうね…?」

 バーバラの声が鎧の騎士にも聞こえたのか、低い声で答える。

「デュラン様は純粋に貴方たちに会いたいだけですよ。貴方たちがここへ来る事は既に分かっていました。どうぞ、この扉を抜け奥の広い階段を上がり、その奥の扉が王の間です」

 王の間。そこに、その”デュラン”という魔物が居るのだろう。
神の城の封印を司る魔王の手下の1人だというのは間違いなかった。この魔物を倒せば、人々の希望を司る、神の城が復活するというのも。

「迎え入れてくれるんなら、手間も省けるってもんだぜ」

 これから始まるであろう戦いの予感を感じ、ハッサンにじんわり汗が滲んだ。

「行くしかないな……」

 ウィルもぎゅっと強く拳を握りしめる。
そんな中、ユナは青い顔でじっと押し黙ったままだった。正確に言えば、あの祠についてから、ユナは嫌な予感を感じて、その気持ちを抑えるのに必死だった。

「ユナ…大丈夫?記憶、戻ったりしてないの…?」

 そっと柔らかい手が自分の手に触れる。ユナは首を振って

「ありがとうバーバラ、うん、記憶はまだ戻ってないよ。ただ……」

「ただ?」

「ちょっと、嫌な予感がするだけ……」

 心がざわめく。
神の城。この景色はあまりにも美しくて、切なくて、儚くて。知らない感情が湧き上がる胸を締め付けた。そして、王の間に近付く度に感じる心を過ぎる黒い影も。




 言われた通り大きな階段を上り、美しい壁画の施された回廊を通り抜け、王の間の扉を開いた。
堅固そうなその分厚い扉は力を入れるとあっさりと開いた。

そこはまさに城の玉座の間。
尖閣の中にあるのだろうか、天井は見上げるほど高く、壁のステンドグラスからは光が差し込んでいた。おおよそ、魔王の手下が居る場所にはふさわしくない。
長い赤い絨毯の先にある玉座。そこに堂々と座っていた。
それは漆黒の鎧と赤いマントを身に着け、一瞬人間と見まごうほどだったが、尖った耳に、緑色の肌、爬虫類のように黄金に光る瞳は魔の者の証。
顔立ちはやけに端正で、それすら、見る者を圧倒させる。反射的にウィルたちは身構えた。

「ようこそ、我が城へ」

 元々は神の城であったろうに悪びれる事無く、その魔物は言った。

「お前が、デュラン……この神の城の封印を司る魔王の手下か?」

 ラミアスの剣を引き抜いて構えるウィル。デュランは口角を上げ笑った。

「手下か……まぁそういう事にしておこう。お前たちの言うとおり私はデュラン、私を倒せば神の城の封印は解けるだろう」

 最後の言葉に一気にその場が剣呑になる。ハッサンは身構え、ユナは短剣を抜いて、チャモロも錫杖を向けた。ミレーユ、バーバラもどんな事態になっても対応出来るよう気を張った。

「だが、残念だな。お前たちの最初の相手は私ではない。私は戦うのはもとより、戦いを鑑賞するのも目が無くてな。まずはこの少年の相手をしてはくれないか?」

 ”パンパン”と手を二回叩く。
玉座の後ろの分厚い垂れ幕から、禍々しい剣を手にした少年が姿を現した。

ドクン!!

心臓が大きく跳ね上がる。
ユナとミレーユの心に、青い閃光が走り抜けた。

「………テリー……?」






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