39. 想い/2 テリーが仲間になって一週間が過ぎようとしていた。 テリーは変わらずだったが皆の方が積極的にテリーに近付いて、テリーも渋々ながらそれを受け入れた。 皆の輪の中にハッサンやバーバラ、チャモロの手によって無理やり入れられるテリーをつい微笑ましく見てしまう。同じような表情をしているミレーユと目が合って、お互い笑ってしまった。 魔物が現れてもテリーは先頭を切って戦ってくれたし、それによってウィルやハッサンの負担が随分減ったのは目に見えて分かった。 「ユナ!お前は馬車に下がってろ!」 「大丈夫だよ!オレだけ馬車に居るなんてやだよ」 「足手まといが居ても邪魔になるだけだ!ここの魔物はお前じゃ手に余る!」 「そんな事無いって!」 戦闘の度に起こるそんなやり取りに皆は目を丸くしていた。 「仲が良いのね」 ミレーユだけがにこにこした表情で二人を見守っていた。 「……そうか?」 ハッサンは眉間に皺を寄せて腕組みをしている。 「まぁ、遠慮していないって言う意味で見れば、腹を割って話せてるって事か……」 ミレーユの言葉を噛み砕いて心の中に落とし込んだ。 なんだかんだ、ユナに危険が及べばテリーはいつも彼女を庇っていた、戦闘中厳しい言葉が飛ぶのも、もしかしたら彼女を心配しているからなのであろうか。 「テリーさんは、ユナさんの事を良く見ていますね」 戦闘が終わり、回復も終わった所でチャモロが声を掛けた。 「違うな、”良く見ざるを得ない”んだ。目を離すと、こいつすぐに死ぬぞ」 「死なないよ! そこまで弱くないよ!」 そのやり取りが聞こえていた者は、皆一様に笑った。 「そうだな、オレもユナは弱く無いと思う。動きも素早いし、剣の扱いだって慣れてる。風を操って炎や吹雪を防ぐことだって出来る。オレたちが助けられる場面だって多いと思うよ」 「だよな! もっと言ってよウィル!」 「ふん、良く言うぜ。さっきの戦闘でも、触手をひとつ見逃したな」 大きな木の魔物、無数に別れた木の枝が生き物のように襲ってきて確かにユナはそれを一つ落としきれなかった。自分に向かって襲う触手を防いでくれたのはやっぱりテリーの剣で、ユナはまた項垂れた。 「あれは、見逃したっていうか、反応出来なくて……」 「……同じ事だ」 「……うっ……」 言い返す言葉が見つからない。うらめしそうな視線を送ってユナはすごすごと馬車に戻って行った。一連のやり取りを見ていたハッサンはため息をついて 「お前さ、もちっと言い方ってもんがあるんじゃねえか?昔一緒に旅してた仲なんだろ?」 「あいにくだな。あいつとオレは昔からこんな感じだ」 聞く耳持たずで、テリーはさっさと剣の手入れをしに行ってしまう。ハッサンはやれやれと言った様子で肩を竦めた。 久しぶりの野宿だった。 火を預かる役目をミレーユがかって出て、それにテリーが付き添う形で夜は更けた。仲間モンスターは馬車の外で眠り、それ以外の皆は馬車で眠った。 月の位置も変わり、次第に夜の空気も濃くなっていく。昔話もひと段落ついた所でミレーユが切り出した。 「そういえば、ユナちゃんとは話せたの?随分長い事会ってなかったんでしょう?」 新しい薪がパチンと音を立てて弾けた。 「……別に、あいつと話す事なんて無いよ」 ミレーユの前だと少しだけ口調の柔らかくなるテリー。 「あら……冷たいのね?」 「あいつとは、ただの腐れ縁だから……」 「でも、ユナちゃんはそう思っていないかも」 ミレーユはためらうように一瞬言葉を止め、少し考えて続けた。 「アークボルトで貴方を見掛けた時、生きていた事が嬉しいって、そう言ってたわ。そしてヘルクラウド、貴方の心が無くなっていた時も、必死でなんとか止めようとして、あんな状況で前に飛び出してくれた。ユナちゃんにとって貴方は、本当に大切な人なのね」 「…………」 「私は、ユナちゃんの事大好きよ。彼女、壁が無いの。正直に生きてて、ちょっと抜けてる所もあって、そこがなんだか安心して。一緒に居て楽しいの、素直に自分が出せる」 「何が言いたいんだい?」 たき火を挟んで、エメラルドの瞳が見つめた。 「私と貴方は似てる所があるから、もしかしたら貴方も私と同じような感情を持ってるんじゃないかって」 「バカな」 言い終わらない内にテリーは否定した。 「まさか、オレがあいつの事好きだって思ってるのかよ?たかだか一緒に旅してたくらいでそんな感情持てるわけない。オレは今まで一度だって、あいつに恋愛感情なんて持った事はない」 否定の言葉だけはやけに滑らかに口をついて出る。 「他の奴らも、浮ついた目で見てくると思ってたらそんな事思ってるんじゃないだろうな。迷惑にも程があるぜ」 「テリー」 呼び止めるような姉の言葉も聞かずテリーは立ち上がると 「……ちょっと、周りを見てくる」 雷鳴の剣を腰に下げ、その場を離れた。 テリーの雰囲気と言動、姉のミレーユでさえ弟の胸中は掴めず、この話題に持って行ってしまった事を後悔した。 馬車の中、ハッサンのいびきがひっきりなしに聞こえてくる。 たまたまハッサンの近くで寝ていたせいか、ふと、目が覚めてそのまま寝つけないでいた。近くのハッサンのいびきも、遠くで聞こえる虫の鳴き声も、外で話す二人の声もハッキリと耳に入ってきた。 ”オレは今まで一度だって、あいつに恋愛感情なんて持った事はない” ユナは、寝返りを打って目を伏せた。 そんなの そんなのずっと前から分かってるよ――――。 村や街に滞在すると、ウィルは人助けやお使いをする事が多々あった。 向こうから頼まれる事や、ウィルの方からかってでる事もある。仲間たちは特に気にしないどころか喜んでそれを引き受けたが、テリーにとっては信じられない事で 依頼の場所へ向かう間、終始憮然とした顔でいた。 ”近くの洞窟に鉱石を摂りに行った主人が帰らない。近頃洞窟で魔物を見たという話も聞くし心配している。どうか主人を探して欲しい。” 引き受けた依頼はこのようなものだった。 その主人は鉱石を集めるのに没頭していたらしく、家族の言葉も聞かず度々その洞窟に足を運んでいたらしい。そんな自分勝手な男に構う暇なんてないはずなのに。 テリーはこれ見よがしに大きくため息をはいた。 街から程なくして辿りついた洞窟は、洞窟と言っていいのかわからない程入口はこじんまりとしていた。大人が何とか身をかがめて入れるくらいの大きさで、中がどうなっているのかも分からない。 「まいったな……こりゃあ、オレは入れないんじゃあないか……?」 確かに、ハッサンほどの大男では身を屈めても厳しそうだ。 「私が行きましょうか?私でしたら入れます」 「でも、中で魔物を見たっていう話もあるんでしょう?アタシも行くわ!チャモロ一人じゃ危険だもの!」 小柄なチャモロ、バーバラが洞窟の奥を覗き込もうとすると、すっと目の前に影が下りる。 「オレが行く」 さっさと身を屈めて洞窟に入ろうとしているテリーだった。 「なんだよ、散々文句垂れてた割りには乗り気じゃねーか、見直したぜ」 「勘違いするな。こんなくだらない依頼、さっさと終わらせたいだけだ。他の奴は付いてくるな、オレ一人で行く」 「テリー、君一人じゃ危険だ」 「そうよ、テリー、何が起こるか分からないわ」 姉の言葉にようやく足を止めた。 心配げに見つめていたユナの背中に軽い衝撃が走って、数歩前に飛び出した。 「こいつ、連れて行けよ」 「えっ」 「いい考え!ユナなら回復も出来るし、動物とも話せるから道案内には最適だしね」 「ちょっと待ってよ!」 捲し立てるハッサンとバーバラに適うはずもなく、おずおずとユナはテリーを見つめた。向こうはユナを一瞥すると 「足手まといになるなよ」 それだけを言ってさっさと洞窟に入って行った。 屈んで何とか進める狭い通路を進み、しばらく行くと開けた場所に出た。そこは思ったより大きな空洞で、ランタンで辺りを照らすと壁や天井には立派な鍾乳石が群を成していた。 「思ったより広いな〜」 ユナの声が響く。テリーは舌打ちして 「これじゃあ、主人とやらを探すのにも手間取りそうだな…」 声の響きからして、空洞はかなり大きい。通ってきた道のような横穴があったとして、そこを主人が通っていたとしたら、見つけるのは困難だ。 「コウモリでもいればいいんだけど……」 そんなユナの言葉に反応してか、小さな白い光が音と共に羽ばたいてきた。ユナが手を振ると一匹、その手に止まる。それは案の定コウモリ、マントのように黒い羽を身にまとっていた。 一人と一匹は言葉を交わし、しばらく経つとコウモリはバサバサと音を立てて飛び立っていった。 「地下水辿った先に居たのを見たってさ、早く見つかりそうで良かったな」 「ああ、そうだな」 彼女の能力には度々驚かされる。 彼女は戦果を挙げる事は少ないにしろ、こうやって動物にしか知りえない情報を知る事が出来た。足手まといといって揶揄した事を、素直にテリーは反省する。しかし、それを直接伝える事は無かったが。 地下水が流れる通路を辿りながら、足場の悪い道を歩く。突然足を止めたテリーにユナは思わずぶつかった。 「うわっ、急に立ち止まらな……」 「敵だ!構えろ!」 身構える間もなく、足首を何かから掴まれユナは派手に転倒した。尻餅をついたユナに襲い掛かる魔物をテリーは一呼吸の間に蹴散らす。 「囲まれてるぞ!早く立て!」 それは地面を這うようにおぞましく動く手。魔物図鑑で見た事がある、無数に仲間を呼び集団で襲い掛かる魔物、マドハンドだ。 「ギラを使え!」 テリーが急かす間もなく、眩い閃光がマドハンドの群れを焼き尽くした。その威力は彼女のギラのそれでは無い。ギラよりももう一段階上の 「ベギラマか……?」 ユナは、べホイミの時と同じように自慢げな顔をした。 「なっ?オレだって、成長してるだろ?」 「……まぁ、少しはな」 「少しって……もうちょっと褒めてくれたっていいんだぜ?」 白い歯を見せて立ち上がろうとしたユナの顔が突然曇る。 「どうした?」 「……痺れた……」 その一言で状況が一気に理解出来た。 大方、麻痺系の攻撃を受けてしまったのだろう、地面にくっついてしまったかのように尻餅をついた体勢から微動だにしない。 テリーは呆れた顔でユナの状態を確かめる。見た所、大したことはなさそうだ。 「……褒めなくて正解だったな」 「えっ、ええ〜〜……」 「キアリクは使えるか?」 「……いま勉強中……」 チッと言う舌打ちが耳に痛い。お互いの鞄の中に、満月草の類は入っていなかった。 「しばらくしたら麻痺も治ると思うから、テリーだけ先に行って助けてきて、オレここで待ってるよ」 その瞬間、力強い手が肩と足に回った。あれだけ地面とくっついて離れなかった体がふわりと宙に浮く。 「何言ってやがる。また魔物に襲われたいのか?こんな体じゃ、今度こそタダじゃすまないぜ」 両手でユナの体を抱え、歩き出す。ユナは赤い顔で、ようやく我に返った。 「ちょっ、ちょっと……テリーっ……」 「さっさと終わらせるぞ、こんな依頼」 テリーは自分とほぼ変わらない身長のユナを軽々と持ち上げ、先ほどと同じペースで歩いた。小柄なわりに力はあるのだろう。 余裕のある素振りだったが、ユナの方はそうもいかず、密着した体は湯気が出そうな程熱かった。それに気付かれまいと 今日はちょっと朝から熱っぽいだのなんだの取り繕ってみたが、テリーは「へぇ」と返すだけで。 目が合ってしまい、ますます体に熱がこもったので、ごほごほとユナは咳き込むフリだけをした。 「ごめん……ありがとう……あの、大変だったらいつでも下ろしていいから」 そう小さく呟く。テリーは何も答えなかった。 ざあざあと地下水の流れる音だけが聞こえる。 「あ、あのう……重くないか?ちょっと、最近太っちゃって……」 こんな事言いたくなかったのだが、沈黙に耐えかねてそう訊ねる。 「別に、大した事無い。それに、いつかこうやってお前を運んだ時に比べたらマシじゃないか」 テリーは少し考えて返した。ユナは一瞬怪訝な顔をして再び質問を返す。 「前にも、こんな事あった?」 「覚えてないのか?ああ、あの時お前酔ってたからな」 「酔ってたって……」 「ほら、昔、サンマリーノでビビアンから無理やり酒飲まされて……」 サンマリーノ、ビビアン……。記憶がだんだんと蘇ってくる。 サーカス団から逃げた後のサンマリーノでビビアンが”たまにはお酒でも飲みなさいよ”と差し出してくれたお酒。 ジュースみたいに甘いからというそれがあまりに美味しくて、一気に飲み干した所で記憶が途絶えている。 確か気付いたら宿で寝てて、そうだ、宿で寝てたんだ。一人で帰って来れたって勝手に思ってたけどまさか……。 「酒場で酔い潰れてたのを宿まで運んでやったが、泣くわ吐くわで大変だったんだぜ」 「――――っ!!」 「服も汚れるし……」 「う、うわーーー!」 夢かと思っていた映像が蘇ってきて、赤い顔でテリーの肩を掴んだ。 「忘れて、忘れて今すぐ!!」 「うるさいな、オレもあんな最悪な日の事、出来れば忘れたいんだが」 「あっあーーーーっ!」 くっくっとなぜかテリーは笑った。 「だから、その時よりは今の方がまだマシだ」 正直、まだ叫び足りない。自分の服は綺麗だし、宿に戻ってきていたし、全て夢だと思っていたのに。 「つらい……」 「つらいのはこっちだ」 ユナはますます項垂れて 「ごめん、めちゃくちゃ迷惑掛けたんだろうな……」 「まあな」 テリーは否定もせずはっきり頷いた。 「まさか1杯であんな事になるなんて、お前もう酒はやめた方がいいんじゃないか?」 あんな事って、どんな事になったんだよ?っていう疑問は怖くて訊く事が出来なかった。ただ、慣れないお酒を飲んで吐いてテリーに迷惑掛けた事だけは分かった。 赤面してユナはつい、はぁ、とため息を吐いた。 こんなんじゃあ、恋愛感情なんて持たれなくて当たり前だ。 数日前のテリーの言葉が思い出された。 この想いを持っている事だって、もしかしたら迷惑なのかもしれない……。別れ際の告白を、どうか覚えていないで欲しい……。 「……なんだよ?」 「あっ、いっいや……!」 知らず顔を見つめていたようで、慌てて視線を外す。 今更思い直すまでもなく、テリーの気持ちは分かってる。 だからせめて旅の役に立ちたい。強くなって色んな呪文を覚えたい。 テリーの、最強の剣を探す手助けがしたい。 「……なぁテリー、この旅が終わったら……」 つい零れてしまった言葉、その先を噤んでそっと表情を伺った。 「……気の長い話だな」 ゆらゆらと揺らめくランタンの光が、意地悪に笑うテリーの顔を照らす。 「取りあえずは魔王を倒してからだろう?その時にまた、聞いてやるよ」 その表情とその答えだけで十分すぎるほど嬉しくて、ユナは自分の気持ちが昔と何一つ変わっていない事を実感した。 「お前もせいぜい、置いて行かれないようにな」 いつもの皮肉を付け加える事も、彼らしい。 抱き抱えられた腕はとても力強くて安心出来て、暗い洞窟の中ランタンに照らされたこの場所だけが心落ち着く場所に思えた。 「ねえ、ユナ、洞窟はどうだった?」 夜も更けた宿屋の一室。依頼を無事終え、宿に戻ってきてようやく聞きたくて仕方なかった事を言えたのはバーバラ。 3つベッドが並んだ部屋で、シーツを整えながらユナは笑ってごまかした。 「どうって…何の事?」 「とぼけないでよ、テリーと二人きりでどうだったって聞いてるのっ!」 「ああ、その事……」 「どうだったの、ユナちゃん?」 悪ふざけなのだろうか、いつもはバーバラを制止してくれるミレーユまでもがその話題に乗ってきた。 「ミレーユさんまで……別に何もないよ!魔物に襲われたけど大した事なくて、主人も無事見つかったし……」 「ふ〜ん、本当かしら……」 「ホントだよ!」 麻痺してテリーに抱き抱えられた事は伏せて伝える。 「じゃあ、オレもう寝るなっおやすみ!」 ベッドに潜り込み、頭から毛布をかぶる。残された女二人は顔を見合わせると仕方ないと言った表情で頭を振った。 ユナはそっと今日の出来事を思い出していた。 ああやって、テリーと二人だけで話せたのは再会した日以来かもしれない。二人旅をしていた頃に戻れたようで嬉しかった。 恥ずかしい昔話も、この旅が終わってからの事も。 一緒に旅が出来るだけで嬉しい―――。 ユナはもう一度自分の気持ちを噛みしめると、緩んだ顔で瞳を閉じた。 ▼すすむ ▼もどる ▼トップ |